オーロラの町トロムソ滞在記〜2003年冬〜 by 野澤悟徳

  1. Take off
     11月11日午後1時ごろスカンディナビア航空(SAS)984便は成田空港を離陸し、コペンハーゲン(デンマーク)に向け飛び立った。長い旅の始まりである。今回は院生2人が同行している。いつもクールなあだっちー(D2)とゆういちろう(M2)である。あだっちーとはすでに数回トロムソで生活を共にしているが、ゆういちろうとは初めてだ。トロムソで数週間生活するとだいたい正体が分かる。人間研究家の私としては、学生の正体を暴くのも楽しみの1つ。ただ、小心者としては、ゆういちろうの正体を見るのが少し怖かったりする。

     SASのエアバス340ではエコノミー席でも個人テレビがついており、数本の映画の中から自分の好きなものを選ぶことができる。しかし、おもしろい映画がないと離陸後すぐわかり、少しがっかりした。さて旅程は、成田空港からコペンハーゲンへ飛び、そこで乗り換え、オスロにてノルウェーに入国。そこでまた乗り換えて、北緯約70度の北極圏の町、目的地トロムソに達する。予定だと現地時間午後9時35分トロムソ着である(時差は8時間)。1日かからず、一気にオーロラが見られる北極圏まで行けるのは、少し驚きである。

     この旅程計画には1つ問題がある。それはオスロ発トロムソ便にうまく乗り継ぐために、コペンハーゲン空港にて短時間の乗り換えを決行しないといけないこと。オスロ発トロムソ行きの便が今回乗り継ぐ便の次だと翌日0時30分トロムソ着の便しかない。もし遅い便にした場合、オスロ空港にて3時間(日本時間だと午前4時から7時ぐらい)以上も「仮死状態」で待つはめになる。それを避けるため、オスロ午後7時45分発の便に乗るように多少無謀な(?)旅程にしてある。最近、EU内外の旅行者の区別が厳しく(でもアメリカほど厳しくはない)、コペンハーゲン空港にてEU外からEU内への国際線を乗り換えるのに、パスポートコントロールおよびセキュリティゲートを通過する必要がある。EU外からの国際線はCターミナルに着き、オスロ行の便はBターミナルから出る。重い手荷物を持ってかなりの距離(500 mぐらい?)を移動する上に、パスポートコントロールおよびセキュリティゲートの通過を、わずかの時間でこなさなければならない。計画では、今回の乗り換え時間はわずか45分。ひやひやものである。

     最初から暗雲がただよった。我々が乗るエアバスの成田空港への到着が遅れた影響で、我々の便は約30分遅れの出発となった。単純計算すると乗り換え時間はわずか15分となる。

  2. 嗜好品
     ノルウェーでは、お酒とたばこに非常に高い税金が掛っている。そのため、お土産にはウイスキーやたばこは大変重宝される。 たばこの値段は1箱(20本)で1,000円ぐらい。1本50円である。日本のたばこ税は安すぎると嫌煙家の私は憤慨している。ノルウェーでは禁煙、分煙が徹底されたおり、公共の建物中はすべて禁煙、レストランも喫煙席と禁煙席に必ず別れている。 高いたばこの値段で禁煙が進んでいると思うが、喫煙者は結構多い。冬期寒い中、コートをきて氷点下のもとふるえながらたばこを吸う研究者をよく見かける。たばこを吸う人が多いことを実感するのはパブである。よく火災報知器が鳴らないなーと思うくらい、タバコの煙がモクモクである。たばこぎらいの私にはかなりの試練である(だったらパブに行くなというつっこみがあるかもしれないが、これも異文化交流の1つであり重要である!)。数年前に現地の友人に禁煙パブにつれていってもらった。気に入って、また行ったが、そのときには普通のパブになっていた。禁煙では客の入りが悪いそうだ。あと私の経験から言うと、日本酒の評判は今一である。 おみやげには洋酒(彼等にとっては普通の酒)を持っていくのが無難です。ただし最近思うが、日本に滞在中の欧米人に、おいしい日本酒をだせば、たいてい気に入る。

  3. コペンハーゲン空港
     SK983便は飛行時間が少し短縮され午後4時30分ごろコペンハーゲンに着き、シートベルト着用サインが消えた!さーいくぞ、と思って立ちあげるが、列はなかなか進まない。どうしたのか?すでに我々の持ち時間は30分を切っている。アナウンスがはいる。出口を繋ぐ機材が故障したとか。これにより10分ロス。だが負けてたまるかと思い、急ぎ足で飛行機をでて、通路を小走りに歩く。日本時間で夜12時30分過ぎ。大学院生の若い2人は元気で速い。特にあだっちーのスピードは驚異だ。それに対して少しアルコールが入っている私はかなり辛い。終電をいそぐ酔っぱらいのときの心境。セキュリティゲートを通過、パスポートゲートを通過。(良いぞ、間に合うぞ!)だが実はもう1つクリアーすべき課題があった。それは土産用のたばこを買う事のだ。このたばこは日本で売っていないので、ここで買うしかない。免税店に入り、探し、ゲットし、支払いへ。吾ながら無駄がない動きで、少しほれぼれする。普段は机の上や講義、セミナーで静かに知的作業をしているが、やるときにはやるのだ!そして支払いをすませ、一路乗り換え便のゲートへ。We made it! 間に合った。 いやー疲れた。ここ数回こりずにいつもこんなことをしている。

  4. 観測と研究のはなし
     いくつかの困難(?)を乗り越え、予定通り無事トロムソに着いた。天気は雨。北緯69.6度で11月なのに雨か?実はこれは別に珍しいことではない。このトロムソはメキシコ湾流のおかげで、真冬の1月や2月でも気温が0度C以上になることが多く、(雪でなく)雨がよく降る。その夜はホテルに泊まり、次の日レンタカーを借りてEISCATサイトへ向かう。トロムソの町から30 kmぐらい、車で40分程度のところにある。図1にEISCATレーダーの写真を載せた。口径32 mのパラボラアンテナ、送信周波数931 MHz、最高出力は1.4 MWであり、世界屈指のISレーダーである。EISCATレーダー協会はヨーロッパ6ケ国(英、仏、独、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン)と日本の計7ケ国が国際協同により運営されている。


    図1 Tromsoにある口径32mのEISCATレーダー

     今回の目的は、(1)オーロラ光学機器とEISCATレーダーとの同時観測、(2)下部熱圏大気ダイナミクス研究のためのEISCATレーダー観測、である。ISレーダー観測により、電子密度、イオン温度、電子温度、イオン速度が時間分解能(1分程度)、空間分解能(E領域で3 km程度)良く求めることができる。これら物理パラメータ解析することにより、電離圏で生起している種々の現象の解明を行っている。特にオーロラ光学観測機器と併用することにより、詳細な現象の解明が可能となる。一方、下部熱圏大気ダイナミクスの研究においてもISレーダーはもっとも強力な観測装置の一つである。EISCATレーダーでは高度90 kmから120 kmの「風」が時間分解能6分、高度分解能3 kmで連続して導出できる。


    図2 2003年11月23日にトロムソのEISCATレーダーにより観測された電子密度。
    高度 90 km から600 km、19:00 UTから23:00 UTでの値を示した。

     オーロラは高度約90 kmから400 kmで輝いている。磁気圏から電離圏(熱圏)へ磁力線に添って、電子が降り込み、大気と衝突することにより、大気にエネルギーを与え、発光させる。代表的なオーロラ光は、波長427.8 nm (窒素分子イオン) 青紫色、波長557.7 nm(酸素原子)緑色、波長630.0 nm (酸素原子) 赤色などが挙げられる。前2者は、低高度領域( 90 - 120 km)での発光であり、後者は高度200-300 km付近で主に輝いている。図2にEISCATレーダーにより11月23日19:00-23:00 UTに観測された電子密度を示した。太陽紫外線による電離作用がない夜間、熱圏(電離圏)の大気を電離するものは、主にオーロラ粒子である。すなわち、図2の中で強度が強い(赤い)ところでは磁気圏から降り込んできた電子により電子密度が増えており、(簡単に考えると)そこにはオーロラが輝いていると考えることができる。例えば、高度100 km付近に電子密度の増加がみられる20:15UTから21:30 UTには緑色のオーロラが強かったと考えることができる。図3にわれわれがこのサイトで自動観測を行なっているフォトメータによる波長427.8 nmと630 nmのオーロラ発光強度を示した。


    図3 2003年11月23日にトロムソにてフォトメータにより観測された波長427.8 nm(上) と630 nm(下)の発光強度。

     EISCATレーダーの電子密度との対応は非常に良いと言える。図4に同日21時12分に撮影された(露光6秒)オーロラの写真も示した。この時刻には、EISCATによりE領域で電子密度の増加がみられる。またフォトメータにより強い発光が観測されている。これは、複数の観測機器を組み合わせることにより、オーロラの詳細な研究が可能になる1つの例であると言える。


    図4 2003年11月23日21時12分にトロムソで撮影されたオーロラ。

     ISレーダーは、電離圏で起こる種々の物理現象を解明するには非常に強力な観測装置である。特に太陽活動の影響が顕著にあらわれる極域電離圏の観測は、太陽から注入されるエネルギーを求めるために重要であると言えよう。さらにEISCATレーダー観測に種々の光学観測機器を組み合わせることにより、これらの現象のより深い理解が可能になる。

  5. まとめ
     今回の2週間の滞在は非常に有意義であった。滞在中、地磁気活動は非常に活発であり、珍しく晴天が多かった。晴れれば毎晩見事なオーロラが鑑賞でき、オーロラ光学観測にとって良い条件であった。EISCATレーダー観測も順調に行なわれ、光学観測との同時観測データを取得できた。そして現地での観測に参加した大学院生にとってはいろいろな意味で貴重な体験となったようである。

  6. おわりに
     あだっちーはいつも通りであったが、ゆういちろうの正体には恐れ入った。私の人間分類に新たな1ページを加えてくれた。感謝。ところで、こうして院生と交流できるのは楽しいものだ。よく大学時代の友達に「お前(精神的に)変わらないなー」と言われる。これは、私の楽観的な性格的なものもあるが、このような学生との交流が大きいと思う。そろそろ良い意味で院生から避けられてきたが、研究指導は研究指導として、オフは対等に楽しくつきあいたいと思っている。飲み会でたたかれたり、「のざわー」と呼び捨てにされても全然気にしません。