トロムソ滞在記 2004年2月-3月
by 野澤悟徳
  1. はじめに
  2.  2003年11月に引き続いて、またトロムソにやってきた。 今回の目的は、EISCATレーダーと光学観測機器の同時観測を行うこと。 トロムソ空港に着き、飛行機から降りた時、天気は曇り。あまり雪はつもっていない。 前にも書いたが、ここは北緯69.6度の最北の町であるが、冬でも雨が降り、雪は溶けることが多い。 その夜はホテルに泊まる。あいかわらず日本人観光客が多い。 夜11時過ぎても、悪天候のなか熱心に空を見て、オーロラが出るのを待っている。 幸運なことにオーロラが出たらしい。みな喜んで寒い外へ出て行く。 同行した学生の一人も、外へオーロラを見に行った。 私は、暖かいバーにてビールを飲みながらくつろいでいた。北欧では室内が暖かいから冬でもビールがおいしい。
     次の日レンタカーを借りてEISCATサイトへ向かう。 トロムソの町から30 kmぐらい、車で40分程度のところにある。図1にEISCATレーダーの写真を載せた。 手前右が口径32 mのパラボラアンテナであり、真ん中にうつっているのが、VHFレーダーである。 このVHFレーダーは、送信周波数224 MHz、出力は(現在)1.5 MWであり、世界屈指のISレーダーである。 EISCATレーダー協会は、ヨーロッパ6ケ国(英、仏、独、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン)と 日本の計7ケ国が国際協同により運営されている。


    図1 EISCATレーダー。真中がVHFレーダー

  3. 光学観測
  4.  今回の主たる目的は、オーロラ光学機器とEISCATレーダーとの同時観測である。 特に、現地での光学観測機器のノイズ対策も1つ大きな目的である。
     今回は、極地研究所との共同実験もかねており、極地研究所の高感度デジタルカメラも観測に用いた。 図2に屋根のドームに設置したデジタルカメラを示した。 正面にEISCAT VHF レーダーが、中央右に屋根越にUHFレーダーが見られる。 このデジタルカメラは、1秒に8枚撮影可能であり、さらに40枚連射可能高性能カメラ(JPG mode)で ある。今回の観測では1秒露出で25枚連続観測(raw data mode)を試みた。
     図3にこの観測期間中に撮影されたオーロラ画像を示した。 オーロラは高度90 kmから400 kmぐらいの熱圏で輝いている。 磁気圏から電離圏(熱圏)へ磁力線に添って、電子が降り込み、大気と衝突し、大気にエネルギーを与え、大気を発光させる。 代表的なオーロラは、波長427.8 nm (窒素分子イオン)青紫色、波長557.7 nm(酸素原子)緑色、波長630.0 nm (酸素原子) 赤色などが挙げられる。前2者は、高度の低い領域( 90 - 120 km)での発光であり、後者は高度200-300 km付近で輝いている。
     今回の目的の1つは、現地で実施しているオーロラフォトメータ観測におけるノイズ対策である。 現地では、EISCAT レーダー以外に電離圏加熱装置、MFレーダー、流星レーダー、イオノゾンデなどたくさんのレーダーが設置されており、 数MHzから930MHzまでの電磁波が「容赦なく」放射されている。 ここは、ノイズの海、いやノイズ地獄である。 オーロラ観測機は、非常に微弱な光を受光している。 それを、光電子増倍管により電気信号に変換し、さらに100から1000倍に増幅して、電圧データとして取得している。 このようなノイズの海の中でのノイズ対策は 非常に頭が痛い問題である。 図4に、実験の様子を示した。フォトメータの受信部をアルミホイルで包みこんでいる。 受光部に標準光を入れ、出力をオシロスコープにてモニターしている。 2月26日には、どのくらい効果があるかを調査するため、電離圏加熱装置をいろいろなモードで稼働してもらった。 結局、種々の対策を施した結果、ノイズ問題はかなり改善された。

    図2 ドーム内に設置したデジタルカメラ(手前左) 図3 オーロラ


    図4 左奥がアルミホイルに包まれたフォトメータ受信部

  5. EISCATレーダー観測
  6.  通常、11月から2月にかけては、夜が長い(極夜)ため、光学観測にとっては絶好の条件である。 ただし、月明かりは光学観測の障害になるため、EISCATレーダーとの同時実験は、新月前後2週間に集中することになる。 他の国のグループも同種の観測を試みるため、EISCATレーダーの観測時間を確保するのはなかなか大変な時期になる。 今回はフィンランドグループのキャンペーンとかち合い、我々の希望の観測時間は半分程度に減らされた。 しかしこれは我々の視点であって、相手から見ると、彼らの時間が削られていることになる。 せっかく北極圏まで来て、観測できないとは何事だ! そこで観測の当事者同士が話し合い、お互いの希望するEISCAT観測モードを示しながら、「共存」の道を探す交渉が始まる。 大きく言えば国際交渉である。会議は踊る?実際は、みな研究仲間であり、紳士(?)の研究者であるから、割と話しがまとまる。 今回はそれぞれの観測時に、良いデータがとれた場合は、共有することを事前に決めた。 この事前に決めることがなにより大事。あと出しじゃんけんみたいなことは許されない。 なにしろ天気は気まぐれであるため、せっかく光学同時観測を行おうと思っても、悪天候ではどうしようもない。 かといって、天気が悪いからと言って、EISCATレーダー観測の直前キャンセルはできない。 EISCATレーダーは天候に関係なく観測が可能だから。 運が悪いと自分たちの時はずーと悪天候で、自分の観測がないときには、晴天ということもある。 図5に2月21日に観測された電子密度の時間変動の様子を示した。 連続してE-region高度にて電子密度の増加が見られる。 これはオーロラ粒子が降り込んでいる証拠であり、電離圏ではオーロラが輝いている。 素敵なオーロラが見られるはずだ。しかしこの日は、あいにく悪天候で、光学観測はできなかった。 なかなか観測研究というものは難しい。


    図5 EISCATレーダーにて取得された電子密度
  7. まとめ
  8.  今回の滞在も有意義であった。滞在中は、地磁気活動は活発であり、数夜以上オーロラ鑑賞ができた。 今回同行した学生2名は、経験者であるが、さらに経験を積み、EISCAT観測や光学観測研究の理解をさらに深めたと思う。