トロムソ滞在記2002年10月 by S. Nozawa

トロムソ

  10月3日北緯69.6度の北極圏の町トロムソ(Norway)に「戻ってきた」。意外と暖かく、雪は積もっていない。天気が良い。トロムソは北極圏に位置するが、メキシコ湾流のおかげで気候は温暖で、北海道よりははるかに暖かいと思う。真冬の1月や2月でもたまに雨が降る。トロムソの緯度が南極昭和基地と同じであることを思うと驚きである。トロムソには1992年に文部省在外研究員として10ケ月間滞在した。それ以降継続的に年間2、3月間の割合で観測や共同研究のため滞在している。トータルで3年ほど滞在しているが、未だノルウェー語はしゃべれない。この国の人はみな英語がうまく、どうしても必要というわけではないので、なかなか身につかない。   トロムソは最もオーロラが見やすいオーロラ帯に位置している。私は普段トロムソ大学オーロラ観測所に滞在する。このオーロラ観測所は歴史的にはオーロラ科学のパイオニアであるビルケランド教授(現在ノルウェー200クローネの紙幣に登場している)が設立した観測所と繋がりがあるらしい。観測所といっても今では日本の付置研に対応する。この町にはトロムソ大学があり、町の郊外にはEISCATレーダートロムソサイトがある。ノルウェー極地研も5年ほど前に移転してきた。極域の地球科学研究にとっては世界的な拠点の1つであろう。

情報収集

  電話やe-mailが進歩した昨今でも、情報を得るにはやはり現地にいるのが一番だ。EISCATの観測室付近で仕事をしていると、公式、非公式問わずいろいろな情報が手に入る。エンジニア同士が真剣に議論しているなと思ったら、あとで知り合いのエンジニアに”What is up ?”と聞くことにしている。また運良くサイトマネージャーが通りかかったら聞いてみる。彼はいつも親切に教えてくれる。このように情報収集のために定期的にレーダーサイトに出向く必要がある。そうは言っても日本から遠く離れたヨーロッパ北端であるから、簡単に行けない。来るのに1日使うし(これは速いといえば速い)、楽(エコノミー席は辛い)ではない。そのへんを考慮し、特別実験や他の光学観測装置の設置、運用などをまとめて、最近は定期的に2月、7月、10月に来るようにしている。   外から「正式な情報」を聞いているだけでは、EISCATシステムの運営、とくに特別観測の実施には十分ではない。EISCATでもいろいろな故障があり、現地にいないとよく分からないことが多い。そのため特別実験をするときには、余裕をもって観測サイトに来ることが重要です。

オーロラ観測

  EISCATトロムソサイトは町から30 kmほどのところにある。車で40分弱である。サイトでは、町灯りがなく、レーダー観測以外に光学観測も可能である。我々のグループでも2001年2月からサイトにフォトメータを設置し定常観測(夜間のみ)を試みている。昨シーズンは2001年10月から2002年3月始めまで自動定常観測を行った。今回もこの滞在の最初に観測をスタートさせた。   フォトメータの定常観測というものは、言葉で言えば簡単そうであるが、遠隔地において無人長期観測を行うというのは難しいことである。想定した以外のいろいろなトラブルがある。システムそのもの以外にも、停電、ネットワーク問題、ハッカー、ドームの雪や氷などなど。現地に行って、数分で済むことが、遠隔地では大問題になることもしばしば。このため現地に赴き設置して、すぐ帰国するのは非効率で、1月間ぐらい様子をみて、トラブルに対処することが大事である。マニュアル自動観測とでも呼ぼうか、完璧だと思っていても、トラブルは山程起こる。このへんが観測の難しいところでもあるが、楽しいところでもある。

最後に

 今回は好天に恵まれEISCATとフォトメータの同時観測が数晩成功した。解析結果が楽しみである。今年のトロムソは10月中旬から雪が積もり銀世界に変わった。冬が来たようだ。雪が降った後、晴れると景色が非常に美しい。日本とはまったく違う山々の形は、壮大で美しい。オーロラ観測所の隣には湖があり、鴨の繁殖地になっている。夏には親鴨の後に5羽ぐらいの子鴨が列をなして続く微笑ましい光景がみられる。10月になると子鴨は成長し、大きさは親鴨と同じようになる。冬の訪れとともに、湖は10月中旬ぐらいから凍りだす。10月初頭には湖で鴨をまだ見ることができる。しかし、10月が終わりに近づくと、湖は氷に覆われ、鴨の姿は消えてしまう。雪が降り出すころ、南へ旅立つようだ。今年もある日突然いなくなった。さてそろそろ帰国だな。昨日は雨が降った。