EISCAT Workshop 出張記〜2009年8月〜 by 栗原純一



 82日、ノルウェーのトロムソ空港に降り立った私たちはすっかり疲れ切っていました。翌週シンガポールで開かれる国際会議(AOGS)にも出席しなくてはならず、旅費を節約するために強行軍を決断したことを後悔していました。日本からシンガポール、パリ、オスロを経由して40時間かけてやっとたどり着いたのです。にもかかわらず、手元にあるべきスーツケースが見当たりません。途中のパリ・シャルルドゴール空港で荷物用ベルトコンベアが故障し、同じ飛行機に積み込まれなかったようです。トロムソ空港のバゲージクレームで届け出を済ませて空港の外に出ると、もう夜の7時だというのに真昼のように明るく、強烈な日差しがジリジリと照りつけてきます。湿度が低いことを除けば、暑さは日本と大して変わりません。疲れで頭がぼやけていたこともあり、もしかして違う場所に来てしまったのではないか、と少し不安になりました。それぐらい私の知っているトロムソとは異なっていたのです。


トロムソの対岸の景色。左の白い三角屋根が北極教会、右の山にはロープウェイ。



 前置きが長くなりますが、話は7年前に遡ります。当時、大学院生だった私が所属していた研究室にノルウェーからT教授が来訪しておられました。T教授はいつもニコニコと笑顔を絶やさない優しい方で、私の片言の英語にも長い時間付き合って話をしてくれました。ある日、夏休みの長さについて話題になり、日本人がお盆の1週間しか休まないことに対してT教授は「日本人は真面目ですね。ノルウェーでは夏は2ヶ月間休みます。」と言われました。信じられませんと私が驚くと、それまで笑顔で話されていたT教授は急に真剣な顔になって、私にこう言われたのです。「北欧の夏はとても短いのです・・・。」


ロープウェイから見下ろしたトロムソの景色。


 その後、私はノルウェーに3回行きましたが、もちろんオーロラの観測が目的なので季節はすべて冬です。最初に12月に行ったときは、3週間の滞在中に一度も太陽を拝むことができませんでした。正午ごろに少し明るくなるだけです。極夜だから当然ですね。そのようなわけで、私の中のノルウェーのイメージは、毎日のように雪が降る、寒くて暗い国でした。最近は「この国に夏は本当にやって来るのか?」とまで疑い始めていました。


真夏のアムンゼン像。これは冬と同じ。




そして今年、その北欧の夏の真相を確かめるチャンスが到来しました。2年に一度のEISCAT Workshopがトロムソで開催されたのです。私はこの会議で、今年の1月に行った「DELTA-2キャンペーン」という観測ロケットとEISCATレーダーなどを用いた観測キャンペーンについて、初期解析結果を報告しました。それと同時にEISCATレーダーのコミュニティに、キャンペーンに対する協力へのお礼を伝えるという意味もありました。冒頭で述べたような荷物のトラブルはありましたが、幸い発表には差し支えなく、無事終了することができました。スーツケースも1日遅れでトロムソに到着しました。

会場の真横に停泊中の巨大な豪華客船。



さて、北欧の夏がどうだったかというと、やはり冬とはまるで別世界でした。冬は白一色になる山々は緑で覆われ、空は青く、昼間は半袖でないと暑くて居られません。白夜はすでに前の週に終わっていたのですが、夜
9時くらいまでは昼とほとんど同じ明るさで、夜中になっても夕焼けのような空になるだけで暗くはなりません。冬は閑散としているトロムソの街が、嘘のように人であふれかえっています。会議が行われたホテルは埠頭に建っているのですが、そこには豪華客船が横付けされて観光客がドヤドヤと降りてきます。街のレストランはひどく高いのにどこも混んでいて、外に面したテラスで明るいうちから(とは言ってもすでに夕刻なのですが)名産のMackビールを飲みながら夜中まで騒いでいます。まるで、短い北欧の夏を惜しむように、誰もが精一杯楽しんでいました。

 かくして、私自身も北欧の夏を満喫した後、再びシンガポールへ向かって緯度差68度の旅路につきました。ただ、北欧の夏が短いのは本当だったようで、この記事を書いている10月中旬現在、トロムソはもう雪が降り積もっているそうです。



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