磁気嵐の予測に向けた新しいコロナ質量放出シミュレーションの開発に成功

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[2016-02-15]

 名古屋大学宇宙地球環境研究所(所長:町田 忍)の塩田大幸(しおた だいこう)特任助教と国立極地研究所の片岡龍峰(かたおか りゅうほう)准教授からなる研究チームは、太陽で起きる爆発の結果として巨大なプラズマ(注1)と磁場が宇宙空間を通して地球に到達する過程について、これまでより正確に再現する数値シミュレーションの開発に成功しました。この研究は、衛星システムや電力・通信網に大きな被害をもたらす激しい磁気嵐(注2)の発生とその規模を事前に予測するための技術開発に大きな貢献をするものであり、次世代の宇宙天気予報の実現に向けた重要な成果と位置づけることができます。

1)研究の背景

 宇宙天気(地球周辺の宇宙空間のプラズマ・電磁場環境)は、太陽から地球に到来した高速のプラズマの流れ「太陽風」の影響を受けて大きく変動します。特に、太陽風中に地磁気と逆向き(南向き)の強い磁場が含まれ、地球がその磁場に包まれると、地球の磁場(地磁気)と宇宙の環境(宇宙天気)が大きく乱される「磁気嵐」が発生します。これは、太陽風が吹き付ける地球の前面で太陽風の南向き磁場と地磁気の北向きの磁場が接することで、磁力線のつなぎ替えが発生し、太陽風のプラズマが磁気圏の中に入ってくることができるためです(図1)。つまり、いつどれだけの規模で太陽風の南向きの磁場が地球に向かって到来するのかを正確に予測することが、磁気嵐の予報にとって必要不可欠な情報なのです。

南北の向きの太陽風磁場が到来した時の地球の磁場の構造

図1 南北の向きの太陽風磁場が到来した時の地球の磁場の構造。青い線は両端が地球につながる磁力線を示し、赤い線は、太陽風につながる「開いた磁力線」を示しています。破線は太陽風と磁気圏のプラズマの境界、オレンジの領域はプラズマが高温になる領域を示しています。

 

 では、太陽風の状態はどこで決まるのでしょうか。太陽の周囲には太陽コロナと呼ばれる100万度を超える大気が存在しています。その上空で図2左のような開いた磁力線(黄色い線)に沿ってプラズマが外部に向けて常に流出している流れが「太陽風」です。太陽風は、太陽の複雑な磁場構造を反映した分布を持っており、太陽が自転することで、地球に到来する太陽風が刻一刻と変動します。太陽の自転によって太陽風の持つ磁場はスプリンクラーのように自転と反対方向になびいたスパイラル状の形を持ちます。
 つまり、太陽風の磁場は、普段は主に東西方向を向いており、磁気嵐を引き起こす南向きの磁場は、太陽風中にさらに大量のプラズマの塊が放出される「コロナ質量放出(注3)」によってもたらされます。太陽の黒点周辺の磁場が強い領域では、コロナ中の磁気エネルギーが突発的に解放される爆発現象「太陽フレア(注4)」が発生します。太陽フレアにともなって、大量のプラズマとともに大量の磁場(磁束)が太陽外部(惑星間空間)へと放出されます。これを「コロナ質量放出」と呼びます(図2右)。コロナ質量放出内部の磁場構造は、ねじれた複雑な構造を持っていることが観測されています。さまざまな方向を向いた磁場の一部が南を向いていて、その部分が地球を通過したときに磁気嵐を引き起こすのです。
 近年の宇宙天気予報(注5)では、太陽風とコロナ質量放出の影響を観測データに基づいて数値シミュレーションを行い、磁気嵐の発生の開始時刻を予測する試みが米国を中心に行われています。しかし、従来のシミュレーションでは、コロナ質量放出における「プラズマの流れ」は考慮されていましたが、磁場は考慮されていませんでした。そのため、地球に衝突する強い南向き磁場を早い段階で予測することは困難でありました。このことが、磁気嵐の正確な予報を阻害する要因となっていました。

太陽コロナと磁力線の様子

人工日食によって、太陽風とコロナ質量放出

図2.(左図)ひので衛星X線望遠鏡で観測した太陽コロナ(グレースケール)と太陽表面磁場分布から計算された磁力線の様子(Sakao et al 2007)。青色は両端が太陽につながる磁力線を示し、黄色は片方が惑星間空間につながる磁力線をします。太陽風は、黄色い「開いた磁力線」に沿って流れ出します。(右図)太陽(白丸)を隠す人工日食によって、太陽風とコロナ質量放出(右上に飛び出す泡状の構造)を撮影した画像(SOHO探査機LASCO観測装置)。明るい部分により多くのプラズマが存在しています。
( http://sohowww.nascom.nasa.gov/gallery/images/20021202c2cme.html )

2)本研究の内容とその成果

 塩田特任助教と片岡准教授の研究グループは、太陽表面の磁場の分布と実際に発生した太陽フレアとコロナ質量放出の観測データをモデルに取りこむことにより、太陽から地球に向けて運ばれる磁場の強さと構造を磁気流体力学方程式と呼ばれる理論式に基づいてコンピュータで再現するシミュレーションを開発しました。さらに、この磁気流体力学シミュレーションにより、2003年10月末に発生した地球に向かう巨大なコロナ質量放出の再現実験を行い、このコロナ質量放出に伴って南向きの強い磁場が地球に到来する過程を再現することにも成功しました。(図3、図4)
 図3は、2003年10月27日-31日の期間に、地球の位置で実際に観測された太陽風の速度と磁場の南北成分の時間変動を示したグラフです。このグラフは、シミュレーションによって再現された結果を赤線で重ねてあります。3本の破線(Shock1~Shock3)は、コロナ質量放出の前面にできる衝撃波(流れと磁場の不連続面)が通過した時刻を示しています。Shock2を伴うコロナ質量放出は、「ハロウィーン磁気嵐」と呼ばれる大きな磁気嵐を引き起こしました。この衝撃波の通過によって地磁気の擾乱が始まり、その後、10月29日の午後に到来する南向きの強い磁場によって、激しい磁気嵐を引き起こしました。従来のシミュレーションは衝撃波の再現だけが行われてきましたが、本研究では、衝撃波の到来時刻を2時間半の誤差で再現するだけでなく、29日から30日にかけて到来する南向きの強い磁場を再現することにも成功しました。


太陽風(太陽嵐)の磁場の南北成分と速度の時間変動のグラフ

図3. 2003年10月27日-31日の地球の位置に到来した太陽風(太陽嵐)の磁場の南北成分と速度の時間変動のグラフ。青・黒の曲線が実際に探査機で観測されたデータを示し、赤色が数値シミュレーションで再現されたデータを示しています。太陽嵐による高速のプラズマの流れとともに、その後に続く強い南向きの磁場が到来する過程が再現されています。

 ちょうどこの強い南向き磁場が地球を通過している時刻(10月30日0:00UT)の惑星間空間の様子について可視化した図が、図4です。南を向いているコロナ質量放出内部の複雑な磁場構造部分が地球に到達していることが確認でき、この数値シミュレーションが磁気嵐を引き起こす南向き磁場の到来の過程を正しく再現していることがわかります。さらに、このシミュレーションの解析によって、複数のコロナ質量放出が連続して発生した場合、それらが互いに影響し合うことで、結果として磁場が複雑に変動し地球に到来する磁場の向きか決定づけられることが明らかにされました。


巨大太陽嵐が地球周辺を通過したときの磁力線と速度場の3次元描像

図4:2003年10月28日に発生した巨大太陽嵐(コロナ質量放出)が地球周辺を通過したときの磁力線と速度場の3次元描像。背景の色は速度分布を表しています。コロナ質量放出の前面の衝撃波に伴う高速のプラズマの流れ(秒速1200㎞)の領域が、赤い曲面で3次元的に描画されています。座標の原点に太陽があり、色のついた球体は、この日時の惑星の位置を示していて、惑星の周囲につながる磁力線を白いチューブで示してあります。

3)今後の展望

 現在、名古屋大学宇宙地球環境研究所では、全自動実証型宇宙天気統合システム「SUSANOO(Space weather Unified System Anchored by Numerical Operations and Observations)(スサノオ)」の実験的運用を行っています。今回の成果をSUSANOOに実装することにより、より精度と信頼性の高い予測システムの開発を行うことが計画されています。
 我が国では、本年度より文部科学省新学術領域研究(領域研究提案型)として全国的なプロジェクト「太陽地球圏環境予測:我々が生きる宇宙の理解とその変動に対応する社会基盤の形成(領域代表:草野完也)」が進められています。これは、通信・交通・電力システムなどの社会活動に対する太陽面爆発の影響を事前に予測する次世代宇宙天気予報システムの開発を目指したものですが、本研究成果はその実現のために重要な役割を果たすものです。

4)研究論文について

本研究は以下の学術論文として出版されます。
"Magnetohydrodynamic simulation of interplanetary propagation of multiple coronal mass ejections with internal magnetic flux rope (SUSANOO-CME)"
D. Shiota & R. Kataoka
Space Weather, 2016, DOI:10.1002/2015SW001308 http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2015SW001308/full

5)用語説明

注1)プラズマ
気体が非常に高温になると、原子は電離し、電子と原子核がバラバラになることで、電気を帯びた気体になる。これをプラズマという。

注2)磁気嵐
地磁気が、世界規模で数日間弱くなる現象。大規模な磁気嵐では、活発なオーロラ活動によって送電網に誘導電流が流れ停電が発生したり、人工衛星の故障などが引き起こされる場合がある。

注3)コロナ質量放出
太陽から惑星間空間に向かって大量のプラズマの塊が磁場の塊とともに放出される爆発現象。太陽フレア(注4)と共に発生することが多い。

注4)太陽フレア
太陽コロナの強い磁場の領域で発生する爆発現象。様々な電磁波が放出され、太陽コロナや太陽表面が急激に明るくなる現象として観測される。

注5)宇宙天気予報
地球周辺の宇宙空間のプラズマ・電磁場環境の変動予報。日本では情報通信研究機構が行っている。

6)本研究に関する問い合わせ先

名古屋大学太陽地球環境研究所 特任助教 塩田大幸
電話 052-747-6342 E-mail: shiota@stelab.nagoya-u.ac.jp
本研究内容等についてのお問い合わせは、メールにてお願いします。

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