名古屋大学 宇宙地球環境研究所
宇宙線研究部(CR 研究室)

宇宙線とは?

宇宙線(うちゅうせん、cosmic rays)とは、ほぼ光速(3 × 108 m/s、秒速 30 万キロメートル)に近い速さで宇宙空間を飛び回る、極小の粒子の総称です。我々の体や宇宙の様々な物質を構成する陽子(protons)電子(electrons)原子核(atomic nuclei)といった電荷を持つ粒子(荷電粒子)が太陽表面や様々な高エネルギー天体において光速近くまで電磁場により加速され宇宙線となり、あらゆる方向から地球にも降り注いでいます。割合としては僅かですが、陽電子(positrons)反陽子(antiprotons)といった反粒子・反物質(antiparticles、antimatter)も宇宙線の中には含まれます。

また太陽内部や超新星爆発(supernova remnants、SNRs)で生成されるニュートリノ(neutrinos)、さらに高エネルギー宇宙線が星間媒質(interstellar medium、ISM)や電磁場と衝突することで発生するガンマ線(gamma rays)のように、電荷を持たない素粒子(elementary particles)も地球に飛来しています(ガンマ線は光ですので、その速さは光速です)。

宇宙線を観測するということは、このような素粒子・原子核の性質を解き明かすとともに、宇宙線を発生させる高エネルギー天体がどこにあるのか、またどのように宇宙線を加速しているのかについて研究することです。そのため宇宙線物理学とその周辺研究分野は、現在では宇宙素粒子物理学(astroparticle physics)とも呼ばれ、宇宙線実験の発展として、暗黒物質(dark matter)の謎に迫るための様々な実験も進められています。

また過去の宇宙線がどれだけの強度で地球に降り注いでいたのか、過去(現在)どのように宇宙線が地球に影響を与えていた(いる)のかという宇宙線と地球環境の関係を調べる研究も近年特に盛んになっています。

このように宇宙線の研究は、宇宙物理学・素粒子物理学・原子核物理学・年代測定技術・太陽・地球環境と、様々な分野にまたがった学問です。

暗黒物質については「暗黒物質とは?」を、宇宙線と地球環境の関係については「宇宙線と地球環境」をご覧ください。

  1. 宇宙線の種類
    1. 狭義の宇宙線と広義の宇宙線
    2. 一次宇宙線と二次宇宙線
    3. 宇宙線に含まれる粒子
  2. 宇宙線のエネルギー
  3. 宇宙線の観測手法
    1. 空気シャワー
      1. 地表検出器
      2. 大気蛍光望遠鏡
  4. 宇宙線の観測から分かること・まだ分かっていないこと

宇宙線の種類

狭義の宇宙線と広義の宇宙線

宇宙線の定義は文献や文脈によってまちまちです。宇宙線の研究者が「宇宙線」という言葉を狭い意味で使う場合、陽子(水素の原子核)やアルファ粒子(ヘリウムの原子核)、鉄の原子核などを指しています。少し範囲を広げると、電子やニュートリノ、ガンマ線なども含みます。私たち CR 研究室では、ニュートリノやガンマ線を含んだ宇宙線の研究を行っています。

一次宇宙線と二次宇宙線

宇宙線の種類を陽子や電子などの粒子で区別するのではなく、その発生場所で区別する場合もあります。一次宇宙線(primary cosmic rays)二次宇宙線(secondary cosmic rays)という分け方です。ややこしいですが、一次宇宙線と二次宇宙線という区別の仕方も研究者や文献によって変わる場合があります。

日本で多く使われる定義では、一次宇宙線は地球大気の外、すなわち宇宙空間から地球に入射するものを指します。これは宇宙線の粒子の種類によらず、陽子でも電子でも宇宙から飛んで来たら一次宇宙線です。宇宙線が地球大気に衝突すると、さらに多くの粒子(二次粒子)を大気中で生じ、これを二次宇宙線と呼びます。つまり二次宇宙線は「宇宙」という呼び名が付いてはいるものの、宇宙から来た粒子ではなく地球大気中で発生した粒子なのです。地上に降り注ぐ宇宙線のほとんどは、この二次宇宙線であり、その多くをミュー粒子(muons)が占めます。

一次宇宙線と二次宇宙線の定義はもうひとつあり、これも宇宙線の発生の仕方で区別するものです。超新星残骸などの宇宙線の加速源で加速された宇宙線を一次宇宙線と呼び、一次宇宙線が地球に到着するまでの間に発生した粒子を二次宇宙線と呼ぶ定義です(二次核子と呼ばれることもあります)。宇宙空間は真空だと言われますが、実際には星間媒質と呼ばれる水素やヘリウムなどの希薄なガスで満たされています。一次宇宙線がこれらガスの原子核に衝突すると、核破砕(spallation)という現象を起こし、異なる種類の原子核に変化する場合があるのです(例えば炭素原子核 C の宇宙線が星間媒質中の水素原子核に衝突し、ホウ素原子核 B の宇宙線になる)。

宇宙線に含まれる粒子

地球大気外で観測される宇宙線には様々な粒子が含まれます。気球や人工衛星などの観測結果によれば、その典型的なものは電離した原子核(原子から電子を剥ぎ取られた状態のもの)であり、前述の狭義の宇宙線にあたります。宇宙線のおよそ 90% は陽子(電離した水素原子核)、およそ 9% がアルファ粒子(電離したヘリウム原子核)、残りが炭素や酸素、鉄などの原子核です。

原子核以外に目を向けると、レプトン(leptons)と呼ばれる種類の粒子も含まれています。レプトンのうち最も有名なものは電子であり、また前述したミュー粒子もレプトンです。宇宙線電子は超新星残骸や中性子星(neutron stars)で加速されていることが分かっており、陽子に比べると 100 分の 1 程度の頻度で地球に飛来していることが観測から分かっています。地表に降り注ぐミュー粒子は、手のひらの大きさ(約 100 cm2)におよそ 1 秒間に 1 個降り注ぎ、そのほとんどが私たちの体を素通りしていきます。

最も身近な宇宙線の加速源は太陽です。太陽フレア(solar flares)と呼ばれる太陽表面での爆発現象が起きると、電子や陽子が加速され高いエネルギーをもち宇宙線となり、地球上空でオーロラを発生させることが知られています。また加速された陽子やヘリウム原子核が太陽大気と衝突すると高いエネルギーを持った中性子が生じ、これは太陽中性子と呼ばれる宇宙線になります。

太陽の中心部では核融合反応によって 4 つの陽子からヘリウム原子核が産み出されています(4 p → He + 2 e+ + 2 νe)。この際に電子ニュートリノ(νe)も同時に生成され太陽ニュートリノ(solar neutrinos)と呼ばれています。これも広義の宇宙線の一種です。スーパーカミオカンデなどのニュートリノ観測施設で検出されています。また大気中でミュー粒子が生じるときやミュー粒子が崩壊する際にもニュートリノが生じ、これは大気ニュートリノ(atmospheric neutrinos)と呼ばれています。

高エネルギーの宇宙線陽子や宇宙線アルファ粒子が星間媒質中の水素やヘリウム原子核に衝突すると、地球大気中で起きる二次粒子の生成と同様に、パイ中間子(pions)を生成します。このパイ中間子のうち π0 粒子(中性パイ中間子、パイゼロ、neutral pions)は 2 つのガンマ線に崩壊します(π0 → 2 γ)。また高エネルギーの宇宙線電子が星間磁場で進行方向を曲げられとガンマ線が放出されたり、電子が星間中の光子(photons)に衝突するとその光子が強いエネルギーを持つようになります。このようなガンマ線が超新星残骸や活動銀河核などの高エネルギー天体から地球に届きます。

原子核や電子のように電荷を持った宇宙線粒子は星間磁場で進行方向を曲げられてしまうため、地球で観測してもどの天体から飛んできたのかは分かりません。一方、中性子やニュートリノ、ガンマ線といった電荷を持たない(電気的に中性の)宇宙線はそれらを発生させた天体の方向から地球に直進してくるため、中性の粒子を観測することで宇宙線の加速天体の場所を明らかにすることができます。

宇宙線のエネルギー

ガンマ線以外の宇宙線はほぼ光速で運動しています。ある粒子の速さ \( v \) が光速 \( c \) に近いというのは、その粒子のもつ運動エネルギー \( K \) が非常に大きいということです。特に運動エネルギーがその粒子の静止質量 \( m_0 \) を大きく上回るとき(\( K\, »\, m_0c^2\))、その運動は相対論的であると言います。

例えば陽子は静止質量 \( m_0 = \)1.661 × 10-27 kg を持ち、これをメガ電子ボルトに換算すると 938.3 MeV/c2という質量(エネルギー)に相当します。もし宇宙線陽子が 10 GeV(= 104 MeV)の運動エネルギー \(K\) を持っていたとすると、次の関係が成り立ちます。

\[E = m_0 c^2 \frac{1}{\sqrt{1 - v^2/c^2}}\] \[K = E - m_0 c^2\] \[\therefore v \simeq 0.9963c\]

つまり、10 GeV の運動エネルギーを持つ宇宙線陽子は光速の 99.63% で移動しているということです。このような高いエネルギーの粒子を扱う場合、私たちは電子ボルト(electronvolts、eV)という単位を使います。1 eV は電子が 1 ボルトの電圧で加速されるときに受け取るエネルギーに相当します。

地球から最も離れた場所に存在する宇宙線検出器はボイジャー探査機(1 号と 2 号)です。太陽系内の宇宙線陽子は、ボイジャーでは運動エネルギーが 1 MeV(106 eV)程度のものまで測定されています。これは光速の 5% 程度の速さしか持たず、宇宙線としてはかなり低エネルギーのものです。

一方、人類がこれまでに観測した宇宙線の最大エネルギーは 1020 eV を超えています。これは粒子加速器を使って人工的に到達できるエネルギー 6.5 TeV(6.5 × 1012 eV)を 7 桁以上も上回るものです。このような宇宙線の加速がどの天体で生じているのか、またその粒子が陽子なのかそれ以外のものなのかなど、これまでの観測結果からは未解明の問題です。

宇宙線は低エネルギー(109 eV)のものから最高エネルギー(> 1020 eV) のものまで、その到来個数がエネルギーのおよそ −3 乗にに比例することが分かっています。したがって、エネルギーが上がれば上がるほど、地球に降り注ぐ宇宙線の個数は急激に減少するのです。

これら宇宙線のうち、1018 eV を超えるような宇宙線は銀河内の磁場で閉じ込めておくことができないため、銀河系外から飛来する宇宙線ではないかと考えられています。例えばガンマ線バースト(gamma-ray bursts、GRBs)活動銀河核(active galactic nuclei)が系外宇宙線の加速源ではないかと考えられていますが、確実な証拠はありません。

1018 eV 以下の宇宙線は銀河系内に存在する高エネルギー天体、例えば超新星残骸や銀河中心(Galctic center)で加速されたものであろうと考えられていますが、これもまだ確実な証拠がありません。1010 eV 程度までは超新星残骸で加速されていること、1014 eV 近くまで銀河中心で加速されていることが観測で明らかになってきましたが、それ以上のエネルギーまで本当にこれら天体が宇宙線を加速できるのかや、これら天体のみで宇宙線の総量を説明できるのかも未解決の問題です。

宇宙線の観測手法

空気シャワー

地表検出器

大気蛍光望遠鏡

宇宙線の観測から分かること・まだ分かっていないこと