PSTEP Science Nuggets No.1 (20160927)

地球放射線帯電子フラックスの急増機構に対する非線形加速プロセスの重要性

齊藤 慎司 (名古屋大学)

 地球放射線帯電子フラックスは磁気嵐やサブストーム時に大きく変動することが知られており、この変動の要因の1つとしてホイッスラー・コーラス(コーラス)と呼ばれる非線形波動による共鳴を介した散乱プロセスが重要であると考えられている。コーラスによってどのように放射線帯電子フラックスが変動するのかを理解するために、これまで準線形理論を基盤として議論されてきているが、近年、非線形散乱プロセスの重要性が提案されている。コーラスは非線形位相捕捉によって準線形理論では記述出来ない高エネルギー電子の生成に寄与出来る。しかしながら、位相捕捉条件を満たした一部の電子のみしか加速されないため、磁気嵐の時間スケール(数時間から数日)ではより多くの電子が寄与する準線形的プロセスが支配的になると予想されている。一方で、この解釈は自明とは言えず、非線形散乱による相対論的電子の生成過程が無視可能かどうかを検証するためには非線形散乱プロセスを含んだ数値計算が必要となる。
 本研究では、コーラス波動が非線形位相捕捉が出来る場合と出来ない場合について、地球磁力線上に存在する電子とコーラス波動の波動粒子相互作用を計算するシミュレーション(GEMSIS-RBW)を用いて、相対論的電子フラックスの増加量について比較・検証を行った。400keVの電子が1時間でどの程度2MeV以上まで加速されるかを比較した結果、非線形捕捉がある場合と無い場合とで10倍程度の生成効率の差が現れることがわかった。この結果は、非線形位相捕捉による電子加速は、相対論的電子生成に重要な寄与を果たすことを示すとともに、これまで長い間議論されてきた準線形的プロセスだけでは常に相対論的電子フラックス変動を説明出来るものではないということを示唆している。今後、PSTEPで目指す放射線帯電子フラックスの高精度予測の実現のためにも重要な結果である。

Saito, S., Y. Miyoshi, and K. Seki (2016), Rapid increase in relativistic electron flux controlled by nonlinear phase trapping of whistler chorus elements, J. Geophys. Res. Space Physics, 121,6573–6589,
doi:10.1002/2016JA022696.
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図1:ホイッスラー・コーラス波動による放射線帯電子散乱の概念図。地球から出ている線は地球磁力線を表している。黒破線の中を拡大した左下の図は、磁力線に沿って伝搬するコーラス波動により放射線帯電子が散乱される様子を示している。位相捕捉を伴う非線形散乱が起こると、数100keV程度のエネルギーを持つ電子が数MeVまで数秒程度で加速される。図中心部に飛翔する衛星は、2016年度打ち上げ予定のジオスペース探査衛星(ERG)を示している。この衛星は放射線帯高エネルギー電子とホイッスラー波動の詳細な観測を行うことが出来る。本研究はERG衛星によって得られる観測データとシミュレーション結果の比較を通して、放射線帯電子加速メカニズムの理解を目指す。

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図2:t=1800秒(青)、2700秒(緑)、3600秒(赤)での2MeV以上のフラックス増加に対するf_{PB}の依存性を示している。f_{PB}は波動粒子間でランダムな位相を見る頻度を示しており、大きい値ほど非線形位相捕捉が抑制されやすい。t=3600秒において、f_{PB}=1kHz(位相捕捉がほとんど抑制される)に比べ、f_{PB}=0.2Hzでのフラックス増加は10倍ほど大きくなっている。これは非線形位相捕捉が相対論的電子フラックスの増加に重要な寄与を果たしていることを意味する。