PSTEP Science Nuggets No.14 (20180809)

太陽フレア時の航空機被ばく警報システムWASAVIES(ワサビーズ)

原子力研究開発機構 佐藤達彦

巨大な太陽フレアが発生すると,電子のみならず陽子や他のイオンも加速される場合があり,その一部は磁力線に沿って地球近傍に到達します。その中でも100MeVを超えるような特に高いエネルギーを持つ陽子(Solar Energetic Particle,以下SEP)は,磁気圏を通り抜けて大気圏に侵入し,大気中の原子核と核反応を引き起こして中性子など様々な2次粒子を発生します。発生した2次粒子は,さらに核反応を引き起こして3次,4次粒子を生成し,粒子なだれ(通称,空気シャワー)を誘発します。このSEPが誘発した空気シャワーによって数多くの中性子が地表面に到達すると,世界各地に設置された中性子モニタの計数率が上昇します。このような事象のことをGround Level Enhancement (GLE)と呼びます。

GLEが発生すると,大気圏内における電離量が上昇し,人体への被ばくを引き起こします。その上昇率は,地表面では問題にならない程度に小さいのですが,航空機や国際宇宙ステーション内では,場合によっては太陽静穏時の100倍以上にもなり,注意が必要となります。そこで私たちは,PSTEPの枠組みの下,太陽物理学,宇宙天気,超高層物理学,原子核物理学,放射線防護学などの様々な分野の研究者が協力し,GLE時の航空機高度における被ばく線量をリアルタイムで評価して警報を発信するシステムWASAVIES(WArning System for AVIation Exposure to Solar energetic particle,通称ワサビーズ)の開発に取り組んでいます。

WASAVIESの計算の流れは以下のようになります。

① 13ステーションの地上中性子モニタ計数率とGOES衛星により観測したSEPフラックスを5分間隔でダウンロード
② ダウンロードした観測値の時間変化を解析し,GLE発生の有無を判定
③ GLEが発生した場合は,イベントの特徴を表す4つの物理パラメータの最適値を観測値に基づいて自動的に導出
④ 決定した物理パラメータを用いて全球及び特定の航路における被ばく線量率を計算
⑤ 計算した被ばく線量率を可視化してインターネット上で公開

例として,2005年1月20日に発生したGLEのピーク時における高度12kmでのSEP被ばく線量率,及びそのときの東京~ロンドン間の標準的な航路におけるSEP被ばく線量率を図1及び2に示します。図より,SEP被ばく線量率は,基本的には極域や高々度で高くなりますが,その値は緯度・経度・高度に複雑に依存することが分かります。これは,大気圏内に侵入するSEPフラックスが磁気圏の状態やピッチ角に応じて複雑に変化するためです。WASAVIESは,物理モデルをベースとしているため,このような複雑な依存性も精度よく表現することが可能です。

WASAVIESの計算エンジンは既に完成しており,その詳細は文献[1]に記載されています。また,その計算エンジンを用いて2017年9月10日に発生したGLEを解析した結果,航空機高度における被ばく線量は太陽静穏時と比較して最大でも30%程度しか上昇しなかったことが分かり,航空機乗務員や乗客への影響がほとんどなかったことを明らかにしました(文献[2])。現在は,WASAVIESのWebシステム開発に取り組んでおり,近い将来,情報通信研究機構の宇宙天気サービスの一環として被ばく線量の情報も発信したいと考えていますので,ぜひご期待下さい。

参考文献

[1] T. Sato, R. Kataoka, D. Shiota, Y. Kubo, M. Ishii, H. Yasuda, S. Miyake, I.C. Park, and Y. Miyoshi, Real-Time and Automatic Analysis Program for WASAVIES: Warning System for Aviation Exposure to Solar Energetic Particles, Space Weather, 16 (2018) DOI: 10.1029/2018SW001873

[2] R. Kataoka, T. Sato, S. Miyake, D. Shiota, Y. Kubo, Radiation Dose Nowcast for the Ground Level Enhancement on 10-11 September 2017, Space Weather, 16 (2018) DOI: 10.1029/2018SW001874


図1 WASAVIESの計算エンジンで評価した2005年1月20日に発生したGLEのピーク時における高度12kmでの被ばく線量率


図2 図1の条件時における東京~ロンドン間の標準的な航路上のSEP被ばく線量率