PSTEP Science Nuggets No.18 (20190107)

コロナ質量放出の発生予測に向けた太陽フレアパラメータ・シグモイド構造との相関研究

関西学院大学 飯田佑輔

コロナ質量放出は、太陽の高温外層大気であるコロナからの大量のプラズマ放出現象のことを言います。放出された高エネルギープラズマは、地球に到達すると地球電磁気圏の擾乱を引き起こし、私達が住む情報化社会に大きな影響を与えます。私たちが目標とする太陽地球圏環境予測において、このようなコロナ質量放出の発生を予測するスキームの開発は、非常に重要であると言えます。

一方で、何かの発生予測スキームを開発するには、これまでの研究で積み上げられてきた統計観測事実が重要になります。つまり、闇雲に発生を予測しようとするのではなく、何が発生の鍵となるかを事前に知っておくことが重要です。実際にこれまでの研究からは、
1) コロナ質量放出は太陽フレアやフィラメント噴出に伴って発生すること、
2) その発生割合が太陽フレアのX線クラスや継続時間(太陽フレアパラメータ)に依存すること、
3) コロナ大気中に見られるJ字/S字(シグモイド)構造がしばしば見られること、
などが報告されています。さらに、太陽フレアパラメータに関して、これらを実証する統計結果が報告されています。

しかしながら、これらの統計研究はそれぞれの検証は別個の統計手法で行われており、予測スキーム開発において重要であるそれらの相対評価までは踏み込めていません。また、シグモイド構造との相関については、十分な統計研究が行われていません。それは、太陽フレアパラメータはX線の時系列観測データから比較的平易に抽出できるのに対して、シグモイド構造は抽出が難しいためです。そこで私達は、これらの問題の解決を目指し、コロナ質量放出、太陽フレアパラメータ、シグモイド構造について、同一統計指標を用いた相関性解析を行いました。

本研究では、ひので衛星の軟X線データに着目してデータセレクションを行いました。軟X線はシグモイド構造をクリアに捉えることができる波長です。しかし、太陽からのX線は地球大気によって吸収されてしまうため、衛星による観測が必要となります。ひので衛星X線望遠鏡は、2006年9月の打ち上げから太陽X線画像を取得し続けており、本研究に最適な観測データを提供しています。本研究では、2006年12月から2015年6月までにひのでで観測されたMクラス以上の太陽フレア211イベントを解析対象としました。

統計解析を行うにあたって、当たり前ですが各事象のデータベースが必要となります。本研究では、コロナ質量放出、太陽フレアパラメータ、シグモイドのデータベースが必要となります。まず、コロナ質量放出についてはNASAが作成しているデータベースを用いました。次に、太陽フレアのX線クラスと継続時間については、GOES衛星が取得しているX線時系列データから作成しました。X線時系列データからの抽出には、Aschwanden & Freeland (2006)の手法を改良したものを用いました。最後に、シグモイド構造についてはひので衛星が取得するX線画像から明るい領域(輝領域)を自動抽出し、その形状がJ字もしくはS字であることを判断することで、その有無のデータベースを作成しました。図1は、この方法による代表的な検出結果を示しています。

上記のデータベースを用いて、それぞれの相関性やパラメータ依存性を、線形回帰分析やファイ係数、Kolmogorov-Smirnov検定などを用いて、多角的に調べました。図2はその1つである分割表とファイ係数を用いた相関性の解析結果について、示しています。また解析を通して、太陽フレアの発生位置が太陽面中心付近か太陽縁付近かが、各事象の相関性に大きく影響を与えていることを見出しました。これは物理的メカニズムによるものではなく、各事象の判別しやすさであると考えられますが、実際の予測スキームを開発する上で重要となります。本研究を通して、私たちが有意に得た結果は、コロナ質量放出について
1) 太陽面上では、シグモイド構造とフレア継続時間はフレアX線クラスよりも相関する、
2) 太陽面上では、ほとんどのコロナ質量放出がシグモイド構造を伴う
3) 太陽縁では、フレアの継続時間とX線クラスが相関し、シグモイド構造は相関しない、
です。これらの結果は、太陽面上で起こったコロナ質量放出が地球磁気圏に大きな影響を与えることを含めて考えると、コロナ質量放出の予測スキーム開発におけるシグモイド構造の重要性を示していると言えます。

本研究の結果を、実際の予測スキームに取り入れるためには、シグモイド構造の完全自動検出手法の開発が重要です。本研究の手法では、S字/J字の判断に、人による判断が必要となっています。本稿を執筆している現在、この課題に精力的に取り組んでいます。シグモイドの完全自動検出手法の開発に成功した際には、PSTEP nugget上においても紹介を行いたいと思っていますので、楽しみにお待ちください。

図1 ひのでによるX線画像において検出されたシグモイド構造。背景はX線画像、コンターは検出された輝領域を示す。輝領域の内、S字もしくはJ字と判定されたものをシグモイド構造とした(Kawabata et al., 2018から改変)。

図2 2×2分割表とファイ係数による解析結果。 各列は、イベント名(1~2列)、イベント数(3列)、各事象の確率と発生数(4~7列)、ファイ係数(8列)、を示す。イベント名はそれぞれ、LXCはM2.3以上のLarge X-ray Class、LDEは3,385秒以上継続したLong Duration Event、SGMはシグモイド構造が見られたイベント、CMEはコロナ質量放出を伴ったイベント、を示す。0.2以上のファイ係数は太字で示す。(Kawabata et al., 2018より)

参考文献
Kawabata, Y., Iida, Y., Doi, T., Akiyama, S., Yashiro, S. and Shimizu, T., Statistical Relation between Solar Flares and Coronal Mass Ejections with Respect to Sigmoidal Structures in Active Regions, The Astrophysical Journal, 869, doi: 10.3847/1538-4357/aaebfc, 2018