Science Nuggets No.24 (20190627)

プラズマバブルをHF電波で捉える

海上・港湾・航空技術研究所 齋藤享

プラズマバブルは磁気低緯度域で発生する電離圏擾乱で、日没後の磁気赤道付近の下部電離圏で発生した電離圏電子密度の低い領域が、プラズマ不安定現象により、磁力線に沿った「泡」構造となって上昇するとともに極方向に向かって広がっていき、南北方向に細長く延びたプラズマの「裂け目」が形成される現象です。プラズマバブルの境界では電離圏密度が空間的に急変化するとともに、内部には様々な空間スケールのプラズマ不規則構造が二次的なプラズマ不安定により形成されます。電離圏密度の空間的急変化は、衛星航法のディファレンシャルGNSS補正を困難にします。また、プラズマ不規則構造は、VHF〜Lバンドの衛星通信、衛星航法電波の伝播に影響を与え、地上で受信する信号強度が不規則に変動するシンチレーションと呼ばれる現象を引き起こし、衛星電波の正常な受信を阻害します。このように、プラズマバブルは電波利用に大きな影響を与える現象であって、その発生の監視、追跡、予測が重要な課題となっています。

  プラズマバブルの発生と移動の観測には、磁気赤道を挟んだ南北2地点間のHF〜VHF帯の電波の伝播(赤道横断電波)測定が用いられてきました。赤道横断伝播測定では、磁気赤道を挟んだ一方の側から発射された電波が他方の側でどの方角から到来するかを測定します。通常は大円方向から電波が到来するのですが、プラズマバブルが発生すると、南北に細長い電離圏構造を持つプラズマバブルが反射板のような役割を果たすため、大円方向から大きく離れた方向から到来することがあります。プラズマバブルが東西方向(通常は東向き)に移動するに従い、到来方向も徐々に変化します。情報通信研究機構では、茨城県の大洗(36.3ºN, 140.6ºE)に設置したHF到来角測定装置を用いてオーストラリアのShepparton (36.2ºN, 145.3ºE)から到来するRadio Australiaの電波を連続的に観測し、プラズマバブルに伴う到来角変動を検出し、東西移動速度の推定などを行ってきました(参考文献1)。放送局電波を用いたHF赤道横断電波観測は、専用の電波送信を必要とせず、到来角測定装置1局で広範囲を監視することができるため、プラズマバブルの発生と移動を効率的に監視することができます。

しかし、到来角の測定だけでは実際の伝播経路がわからないため、これまではプラズマバブルを反射板とした1回反射を仮定してその位置と移動速度を推定しており、このため位置と移動速度の推定値には小さくない誤差があるものと思われてきました。実際、推定された移動速度にはプラズマバブルの通常の移動速度範囲を超えた大きな値がしばしば見られ、実際にはプラズマバブルに伴い3次元的に傾いた電離圏と地表面の間で何度も反射を繰り返し、伝播方向を少しずつ変えて到来しているのではないかと考えられるようになりました(参考文献2、3)。


図1. Radio Australia電波の赤道横断伝播観測 [4]。

今回の研究では、大洗のHF到来方向観測装置によりRadio Australiaの電波(オーストラリア南部のSheppartonから送信)の到来方向を測定すると同時に、ソフトウェア受信機(Software-Defined Radio: SDR)を2台用いて、一方をRadio Australia送信所直近に、もう一方を大洗に設置し、同時に同じ信号を受信し、その伝播時間差から伝播時間を測定しました(参考文献4、図1)。2台の受信機はGPS時刻に同期した1秒パルス信号を基準として1マイクロ秒以下の誤差で同期されています(図2)。2011年に行った観測の結果、大洗においてRadio Australia電波(9.475 MHz)の到来方位角が大きく(大円伝播方向から最大50度)西に振れるとともに、測定された伝播時間が真空中の光速を用いた距離換算で最大1500 km近く増加し、到来方向が南に回っていくに従って徐々に伝播距離が短くなるという、到来方向の変動と対応した伝播距離の変動が捉えられました(図3)。さらに、測定された伝播距離は、プラズマバブルを反射板として仮定した場合に比べて1000 km近く短く、参考文献2, 3が予測したような、電離圏と地上の間で反射を繰り返しながら徐々に伝播方向を変えて伝播していることが示唆されました(図4)。

図2. SDR (Universal Software Radio Peripheral: USRP)を用いた受信システム [4]。HFアンテナからの信号とGPS受信機からの1秒パルス信号(1PPS)を同時に受信し、PCに記録する 。

図3. 2011年4月11日のRadio Australia電波の赤道横断伝播観測例 [4]。上から順に、伝播距離(伝播時間から真空中の光速を用いて換算したもの)、大洗での到来方位角、到来仰角。10 時UT以前のプラズマバブル発生前には、到来方位角は大円方向で一定しており、伝播距離には異なるホップ数(電離圏と地表面の間の反射回数)に対応すると考えられるものが分離して見えている。10時UT以降、到来方位角が西から南に変化するグループが4つ捉えられ、対応して伝播時間が9500〜10000 kmに増大してから8700 km程度まで減少する4つのグループが捉えられている。


図4. プラズマバブルを反射板(Reflector)とした伝播モデルと、電離圏と地表面の間で反射を繰り返しながら次第に伝播方向を変化させていく伝播モデル [4]。前者の場合、伝播距離は地表面距離の10900 kmよりも必ず大きくなるはずで、観測値はこれに比べて明らかに小さい。後者は同じ到来方位角に対してより短い経路で到達できる。

この結果から、HF赤道横断伝播の到来角の測定に加え、伝播時間を測定することにより、実際の到来経路をより絞り込み、プラズマバブルの位置と移動速度の推定精度を向上させるために有効であることが示されました。測定システムがSDRを用いることにより安価に構築できることも、複数の送信局を用いた多点観測を容易にする点で重要です。

現在、PSTEP A01班電波伝播サブグループでは、レイトレーシング方を用いたHF伝播電波シミュレータを開発しています。これを用いて、プラズマバブル発生時のHF赤道横断伝播を再現し、電離圏と地表面の間で反射を繰り返しつつ伝播方向を変えながら到来するという仮説をさらに検証するとともに、到来角・伝播時間の測定と組み合わせることにより、プラズマバブルの位置と移動速度を精度よく推定するための技術開発を行っています。また、SDRを用いた伝播時間測定装置による国内HF放送の測定を行い、HF伝播電波シミュレータが推定する値と比較し、シミュレータの結果検証を行う実験も進めています。これらの結果については、また別の機会に報告することとしたいと思います。

参考文献

[1] Maruyama, T., and Kawamura, M., Equatorial ionospheric disturbance observed through a transequatorial HF propagation experiment. Annales Geophysicae, 24, 1401–1409, 2006.
[2] Tsunoda, R., Maruyama, T., Tsugawa, T., Yokoyama, T., Ishii, M., Nguyen, T. T., Ogawa, T., and Nishioka, M., Off-great-circle paths in transequatorial propagation: 1. Discrete and diffuse types. Journal of Geophysical Research: Space Physics, 121, 11,157–11,175, https://doi.org/10.1002/2015JA021695, 2016a.
[3] Tsunoda, R., Maruyama, T., Tsugawa, T., Yokoyama, T., Ishii, M., Nguyen, T. T., Ogawa, T., and Nishioka, M., Off-great-circle paths in transequatorial propagation: 2. Nonmagnetic-field-aligned reflections. Journal of Geophysical Research: Space Physics, 121, 11,176–11,190. https://doi.org/10.1002/2016JA022404, 2016b.
[4] Saito, S., Yamamoto, M., and Maruyama, T., Arrival angle and travel time measurements of HF transequatorial propagation for plasma bubble monitoring, Radio Science, 53. https://doi.org/10.1029/2017RS006518, 2018