PSTEP Science Nuggets No.6 (20170704)

太陽フレアの数値予測を目指した新たなシミュレーション研究

Johan Muhamad, 草野完也(名古屋大学)

 太陽フレアは太陽コロナで生じる大規模なエネルギー解放現象であり、人工衛星の運用や電波交信など、様々な影響を地球環境と社会生活にも及ぼします。それゆえ、太陽フレアの発生を予測することは社会的にも強く求められており、そのためフレアのトリガ機構を解明することは科学的にも社会的にも重要な課題になっています。
 フレアトリガ機構の研究にとって重要な方法論の一つとして電磁流体力学(MHD)シミュレーションがあります。特に、草野ら(2012)はMHDシミュレーションを使い、コロナ磁場を線形フォースフリー磁場でモデル化した上、様々な小規模双極磁場を入射するシミュレーションを行い、どのような磁場構造がフレアのトリガとなり得るかを明らかにしました。その結果、太陽活動領域でのエネルギーの蓄積を担う磁場の捻じれのみならず、捻じれた磁場の中性線(太陽表面で磁極の符号が変わる線状領域)上に現れる2種類の構造を持つ小規模な磁場がフレアの発生にとって重要な役割を果すことが初めて明らかにしました。ここで、2種類の構造とは、捻じれた磁場成分(非ポテンシャル磁場)に逆転する方向を持つ逆シア磁場(RS磁場)と、太陽表面磁場の基礎となるポテンシャル磁場成分に対して反対の極性を持つ反極性磁場(OP磁場)です。
 今回、Muhamadら(2017)は、この草野ら(2012)のシミュレーションを発展させ、太陽観測衛星「ひので」で観測された太陽表面(光球面)磁場データをもとに、実際の太陽活動領域で発生するフレアのトリガ過程の数値実験を行なうことに成功しました。まず彼らは、2006年12月13日に大フレア(X3.4クラスフレア)を引き起こした太陽活動領域NOAA10930の太陽表面磁場データから非線形フォースフリー磁場 (NLFFF) 外挿法と言われる方法を用いて、活動領域全体の3次元磁場を数値的に求めました。非線形フォースフリー磁場モデルは実際の太陽コロナ磁場の良いモデルになると考えられており、実際、コロナから放出されるX線の空間構造に対応する磁場を再現することができます(図1)。彼らはこの非線形フォースフリー磁場をシミュレーションの初期条件として使い、これに様々に異なる構造を持つ小規模な磁場を入射することにより、どのような構造がフレアのトリガとなるかを調べました。その結果、OP磁場と同じ構造を持つ小規模磁場を入射することによって、実際に発生したフレアのリボン(太陽表面に現れる明るい2本の帯状構造)を再現する磁場構造(図2)が形成されることを明らかにしました。実際にOP磁場と同じ構造が「ひので」衛星による観測でも見出されていることから、この磁場がフレア発生のトリガとなったものと考えられます。
 さらにこのシミュレーションによって、OP磁場と共にRS磁場もこの活動領域においてフレアのトリガとなる可能性があることも示されています。それゆえ、今回のシミュレーション研究は太陽表面磁場の精密な観測データに基づくMHDシミュレーションを利用することで、それぞれの活動領域で発生し得るフレアの可能性を事前に数値的に予測できることを示唆するものでもあります。


図1 (a)「ひので」衛星の太陽光学望遠鏡SOT/SPが観測した太陽表面のベクトル磁場から再現された太陽活動領域NOAA10930の磁力線構造。グレースケールは太陽表面磁場を表す。(b) ひので衛星のX線望遠鏡で観測されたX線像と太陽表面磁場の等高線。


図2(a) シミュレーションで再現されたフレアのリボン(赤色の等高線)とひので衛星が観測したフレアリボン(グレースケール)、(b) フレアリボンを再現する磁力線構造。この磁力線が太陽表面につながる領域がリボンに対応する。

参考文献
K. Kusano, Y. Bamba, T. T. Yamamoto, Y. Iida, S. Toriumi, and A. Asai, 2012, Magnetic Field Structures Triggering Solar Flares and Coronal Mass Ejections, ApJ 760 31, doi.org/10.1088/0004-637X/760/1/31

J. Muhamad, K. Kusano, S. Inoue, and D. Shiota, 2017, Magnetohydrodynamic Simulations for Studying Solar Flare Trigger Mechanism, ApJ 842 86, doi.org/10.3847/1538-4357/aa750e