PSTEP Science Nuggets No.8 (20180306)

宇宙空間でのプラズマ波動と粒子のエネルギー交換過程の直接検出に成功

小路真史、三好由純(名古屋大学)

地球近傍の宇宙空間であるジオスペースでは、様々なエネルギーの電子やイオンが存在しています。ジオスペースのプラズマは、通常無衝突であるため、プラズマ波動を仲立ちとしたエネルギー交換過程によって、様々な変化が生じていると考えられています。このプラズマ波動粒子相互作用は、宇宙空間で広く起きている普遍的な現象と考えられていますが、プラズマおよび電磁場の直接計測によって、波動と粒子の間のエネルギー授受が発生しているかどうかを実証した例はありません。このエネルギー交換過程を実証するためには、波動のもつ電界ベクトルと磁力線のまわりをジャイロ運動する荷電粒子の速度ベクトルの内積を計算する必要があります。この内積の計算のために、2つのベクトルの位相差の時間変化を決定する必要がありますが、これまでの観測では荷電粒子のジャイロ運動中の変化を平均した量を計測していたために、このような計測を行うことができませんでした。

私たちは、米国THEMIS衛星が観測した電磁イオンサイクロトロン波動(EMIC)と呼ばれるプラズマ波動と、イオンの3次元分布関数データを解析し、EMIC波動とイオンの速度ベクトルの相対位相差を計算することに成功しました。図1には、各位相ごとのイオンのカウント数をヒストグラムの形で示されています。理論的な検討により、イオンからプラズマ波動にエネルギーが受け渡される場合、特定の位相のカウントが他の位相よりも少なくなるホールと呼ばれる構造が発現することが予想されていますが、観測データにもホールが見えていることがわかります。また、図2には、EMIC波動が発生し、振幅が大きくなっている間に、電界ベクトルと速度ベクトルの内積の時間変化を示しています。もしイオンからプラズマ波動にエネルギーが移送している場合には、この内積は負の値を示しますが、THEMIS衛星の観測からは、そのような変化もクリアにとらえられています。この結果は、宇宙空間でプラズマの波と荷電粒子の相互作用の結果、両者のエネルギー交換が起きていることを実証したはじめての例です。なお、同様のエネルギー交換は、電子についても起こっていると考えられていますが、電子の場合には、イオンに比べて短い時間で変化が起きるため、現在の人工衛星の観測では直接とらえることができません。2016年に打ち上げられた「あらせ」衛星には、この電子の変化を検出するための新たな機能波動粒子相互作用観測装置(WPIA)が搭載されており、WPIAにおける観測を通して電子についても同様の過程が明らかになることが期待されています。

論文:
Shoji, M., Y. Miyoshi, Y. Katoh, K. Keika, V. Angelopoulos, S.
Kasahara, K. Asamura, S. Nakamura, and Y. Omura,Ion hole formation and
nonlinear generation of Electromagnetic Ion Cyclotron waves: THEMIS
observations, Geophys. Res. Lett., 44, 8730-8738,
doi:10.1023/2017GL074254, 2017.