飛騨天文台の新観測装置、太陽からの高速噴出現象観測に成功 -地球を襲う「太陽嵐」予報システムの構築に向けて-

本領域A02班の一本潔 京都大学理学研究科教授、石井貴子 同研究員、柴田一成 同教授らの研究チームは、2016年4月末に飛騨天文台SMART望遠鏡へ新設した新装置Solar Dynamics Doppler Imager(SDDI)を用いて、太陽のフィラメント(太陽のHα線像で黒く見える筋。太陽の縁では空を背景に明るく見え、プロミネンスと呼ばれる)放出現象の観測に成功しました。フィラメント放出はときに大停電を引き起こすこともある太陽嵐と密接な関係を持つ現象です。

 本研究成果は、2017年4月15日付でSpringer Nature社の学術誌「Solar Physics」に掲載されました。
また産経新聞(4月15日夕刊8面)、中日新聞(4月15日29面)、日本経済新聞(4月14日30面)および毎日新聞(4月19日 27面)に掲載されました。

概要
太陽から高速に飛び出すフィラメント※1 放出現象を観測することができる装置(Solar Dynamics Doppler Imager : SDDI)を、2016年4月末に京都大学飛騨天文台 SMART 望遠鏡(図 1 左)に新設しました。これによって最大400km/秒という猛スピードで噴出するフィラメントの運動を世界で始めて完全に捉えることができるようになりました。フィラメント放出は大規模なコロナの質量放出(Coronal Mass Ejection: CME)を伴い、それが地球にぶつかると磁気嵐やオーロラ、時には地上の送電線に異常な電流を誘導して大停電を引き起こすことがあります。この新しい装置は太陽面の爆発を監視して現代社会に災害をもたらす「太陽嵐」の到来をいち早く予報するシステムの開発を目指し、2016年5月4日に初のフィラメント高速運動の観測に成功して以来定常観測を続けています。2016年7月7日には、Hα-8A (370 km/秒)の画像でも噴出するフィラメントが確認できました(図1右上)。最近では、2017年4月2日に西の縁で発生したCMEを伴う噴出現象を観測しました(図1右下)。


図1.太陽からのフィラメント放出運動を捉える飛騨天文台SMART望遠鏡(左)と 2016年7月7日および2017年4月2日の噴出現象(右)
※1 太陽のHα線像で黒くみえる筋。太陽の縁でみると空を背景に明るく見え、プロミネンスと呼ばれる。高温(~200万度)のコロナの中に浮かぶ約1万度のプラズマ。時々不安定化して宇宙空間に飛び出し、同時にコロナの大規模質量放出が発生する。

1.背景
太陽から放たれる紫外線やX線、高エネルギー粒子(放射線)、および磁化したプラズマの風は、太陽面爆発(フレア)やコロナ質量放出(Coronal Mass Ejection: CME)により激しく変動します。このような太陽現象を起因とする太陽・惑星間空間の変動「太陽嵐」は、地球環境と人間社会にも多大な影響を与えます。たとえばCMEが地球を襲うと磁気嵐やオーロラが発生し、ときには地上の送電線に異常な電流を誘導して大規模な停電を引き起こしたりすることがあります。
CME は太陽面からのフィラメント (プロミネンス)「消失」に伴い発生することが知られています。これはフィラメント(図2左)が突然上昇して宇宙空間に飛んでいくとコロナの大規模な質量放出が発生するためで、実際太陽の縁で観測すると飛び出したプロミネンスがCMEの中心に存在することがわかります(図 2 右)。しかし、すべてのフィラメント消失がCME を伴うわけではありません。この違いは噴出するフィラメントの速度構造と関係していると考えられていますが、観測機器の性能に限界があったためまだ十分に調査されていません。これまでの観測では光のある特定の波長(水素原子の放つ Hα 線 656nm)のみで太陽を観測していたため、ひとたびフィラメントが猛烈なスピード(秒速 100km以上)で地球に向かって飛び出すと、「ドップラー効果」でHα線の波長がずれ、フィラメントを見失ってしまうからです。そこで我々はHα線を含む広い波長でフィラメント放出を観測し、その運動の全貌を把握することで、地球を襲うCMEの発生をいち早く予報できるのではないかと考えました。


図2.Hα線でみた太陽像(左)と人工衛星で観測した CME(右)。Hα像で太陽面上黒くみえる筋がフィラメント、縁でみると空を背景に明るく見え、プロミネンスと呼ばれる。

2.研究手法・成果
本研究では、高速で運動するフィラメントの三次元速度構造を決定するため、京都大学飛騨天文台 SMART 望遠鏡の太陽全面像観測システムを更新しました。従来の観測は、Hα線だけを透過するフィルターを用い、1-2 分単位で Hα線中心および±1.2 A までを 9 波長で撮影していたのに対し、新装置(Solar Dynamics Doppler Imager : SDDI)は、液晶によって波長制御を行う新方式のフィルターで、Hα線を中心として±9A の範囲を 73 波長撮影することができます。加えて撮影間隔も 15 秒単位に縮めることができました。これにより、従来の装置で観測できるフィラメントの噴出速度は最大 55km/秒だったのに対して、新装置では、最大 410km/秒まで捉えることが可能となりました。SDDI は太陽から高速に飛び 出すフィラメントの速度と方向を完全に把握することのできる世界で唯一の観測装置です。
装置の初期調整を行っている中、2016年5月4日、太陽の東縁で秒速 180km のフィラメントの高速運動を観測しました <https://www.isee.nagoya-u.ac.jp/pstep/news/smart_sddi_first_light.html>。SDDI でこれまでに観測された最も速い速度をもつ現象は、2016年7月7日に観測された小規模(C5.12)フレアを伴うフィラメント噴出現象で、Hα-8A (370 km/秒)の画像でも噴出するフィラメントが確認できました(図1右上)。これらの高速のサージ、フィラメント活動の観測例や、リアルタイム太陽画像は、飛騨天文台 SMART 望遠鏡のウェブサイト http://www.hida.kyoto-u.ac.jp/SMART/より閲覧可能です。
最近では 2017年4月2日に中規模フレア※2が複数回発生しました。中規模フレアの発生は、約4か月ぶり、M4 を越える規模では昨年7月以来です。飛騨天文台では、日本時間の昼に発生した中規模フレアを3回すべて観測できました。4月2日早朝に発生したフレアでは、太陽の外側に向かって噴出するフィラメントも観測され、その後、コロナ質量放出(CME)も確認されました(図3)。太陽から 250 km/秒の速度で噴出したフィラメントが、宇宙空間を 500 km/秒の速度で移動する様子がとらえられました。

図3.2017年4月2日朝にSMART/SDDI により観測された中規模フレアおよびフィラメント噴出と SOHO/LASCO により観測された CME 発生の様子
※2 フレアの強さはフレアが放出する X 線の最大強度で表され、強い順に X, M, C・・クラスと表記される。クラスが一つ違うごとに X 線強度は10倍ずつ違い、各クラスの中での強さはさらに数字を添えて表される。M5 は M クラスの中程度の強さをもつフレア。

3.波及効果、今後の予定

飛騨天文台で太陽を観測できるのはもちろん昼間の晴れたときに限られるので、1日24時間太陽を監視するというわけにはいきません。しかし、フィラメント噴出現象をたくさん観測して、その運動とCMEの発生の有無や大きさ、伝搬する方向との関係を調査することで、地球を襲う CME をいち早く(地球襲来 の2-3日前)予測するための方法を開発することができるはずだと考えています。そして、その方法が実証できたら、将来、現代社会の宇宙災害予防を目的とした人工衛星による監視システム等への応用が考えられます。

4.研究プロジェクトについて
日本学術振興会科研費新学術領域「太陽地球環境予測」(PSTEP、領域代表:草野完也:名大)、計画研究 A02「太陽嵐の予測」(代表:一本潔)の支援を受けました。

<論文タイトルと著者>
タイトル:A New Solar Imaging System for Observing High Speed Eruptions: Solar Dynamics Doppler Imager (SDDI)
著者:Kiyoshi Ichimoto · Takako T. Ishii ·Kenichi Otsuji · Goichi Kimura1 ·Yoshikazu Nakatani ·Naoki Kaneda ·Shin’Ichi Nagata · Satoru Ueno1 ·Kumi Hirose · Denis Cabezas ·Satoshi Morita
掲載誌:Solar Physics