Science Nuggets No.22 (20190401)

フィラメントの視線速度分布に見られる噴出の前兆

京都大学 関大吉

太陽大気(コロナ)中には、フィラメントという低温高密な帯状プラズマが磁場により支えられて浮遊しています。このフィラメントはしばしば周囲の磁場の不安定化により噴出し、宇宙空間に大量のプラズマを放出します。このプラズマの塊が地球へ到来した際には、激しい磁気嵐が発生し、大規模停電の恐れもあることから、宇宙天気研究において注目すべき対象の一つとなっています。

このフィラメントは、しばしば噴出の前に「もぞもぞ動く様子」が経験的に知られていました。そのため、その様子を調べることでフィラメント噴出、ひいては磁気嵐の予測につながるかもしれません。しかしながら、予測に応用するために必要となる定量的な研究はこれまでありませんでした。そこで我々は、京都大学飛騨天文台のthe Solar Dynamics Doppler Imager (SDDI)[1]を活用し、世界最高精度のフィラメントの視線方向速度(地球に近づく/遠ざかる速度)を測定することで、視線方向速度分布の標準偏差が噴出に先立って上昇することを明らかにしました(図2参照)[2]。このとき、フィラメントは全体的に動いている様子はなかったため、この標準偏差の上昇が「もぞもぞ動いている様子」を反映しているものと考えられます。

しかし、この現象はフィラメント噴出1例に対して見出された結果であり、フィラメント噴出一般に対して言えるかは、まだ明らかではありませんでした。そこで我々は、12例のフィラメント噴出イベント(静穏領域フィラメント2例、活動領域フィラメント4例、中間フィラメント6例)について、同様の方法で視線方向速度の解析を行いました。その結果、12例中9例において、フィラメントの視線方向速度の平均がおよそ0である一方、標準偏差(=どれだけ活発に「もぞもぞ」動いているか)が上昇していく様子が確認されました[3]。リーディングタイム(何時間前に予測できるか)はイベントによりまちまちで、長いもので数十時間、短いもので1時間弱という結果になり、周囲の磁場が影響しているものと考えられます。以上より、我々はフィラメントの速度分布の標準偏差が、その噴出予測に利用できる可能性が高いと結論付けました。

参考文献:
1. Ichimoto, K., Ishii, T. T., Otsuji, K., Kimura, G., Nakatani, Y., Kaneda, N., Nagata, S., UeNo, S., Hirose, K., Cabezas, D. P., & Morita, S. 2017, Sol. Phys., 292, 63
2. Seki, D., Otsuji, K., Isobe, H., Ishii, T. T., Sakaue, T., Hirose, K. 2017, ApJ, 843, L24
3. Seki, D., Otsuji, K., Isobe, H., Ishii, T. T., Ichimoto, K., Shibata, K. 2019, arXiv:1902.08718, PASJ (in press)


図1:Hα線(6562.8 Å)で観測した太陽全面像(左)と、四波長で観測したフィラメントの様子およびフィラメントの視線方向速度場のスナップショット(右)。フィラメントが噴出する際、ドップラー効果によりHα線より短い波長(-0.5 Åや-1.0 Å)でフィラメントが暗く観測されている様子がわかる。視線方向速度場の色は図2右列と同じ。


図2:フィラメントの視線方向速度場(右列)とそのヒストグラム(左列)。ヒストグラムのビンは2km/s。時間が経過し噴出が近づくにつれ、視線方向速度場の標準偏差が上昇していく様子がわかる。(注:右列の速度場は±50 km/sまでしか表示していない)