暗黒物質直接探索
主な担当教員・研究員
暗黒物質の直接探索
重力相互作用に基づいた様々な観測により、我々の宇宙には素粒子物理学の標準理論では説明ができない未知の物質が、通常の物質の5-6倍程度存在することが明らかとなっています。 そのような未知の物質は、電磁相互作用をせず眼では見えないことから暗黒物質と呼ばれています。 暗黒物質は銀河や星など宇宙の大規模構造を形成する上で不可欠な存在であり、我々の身のまわりにも1リットルあたり約1個の暗黒物質が存在すると考えられています。 暗黒物質がもし弱い相互作用をする素粒子であれば、原子核との反応を捉えることで暗黒物質の正体の解明を行うことが可能であり、世界中で数多くの探索が行われています。 暗黒物質の発見とその正体の解明は、標準理論を超えた新しい物理を解き明かす上で大きな起爆剤となるのみならず、宇宙の誕生やその熱的な歴史の解明においても大きな鍵を握ると考えられています。このように、暗黒物質の直接観測は素粒子物理/宇宙物理の両面において最も大きな課題の一つとなっており、私達の研究グループでも、液体キセノンを用いたXENONnT実験に参加し暗黒物質の直接探索を行っています。
なぜ液体キセノンを用いるのか?
暗黒物質の直接探索は、原子核が暗黒物質により反跳されて得たエネルギー(発熱・発光・電離 といった形で散逸される)を測定し、暗黒物質以外の原因で起こる背景事象(BG)と区別をする実験です。 実験によってどの信号を検出するかは様々で、使用される原子も多岐に渡ります。このなかでも我々のグループでは、液体キセノンに着目して研究を行っています。 これは、液体キセノン検出器には、次のような特徴があるためです。
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光量が多い
弾性散乱により検出器に与えられるエネルギーはkeVスケールと非常に小さい。そのため、その事象を測定するためには発光量の多いシンチレータが必要となるが、液体キセノンは代表的な無機シンチレータNaIと同程度の発光量を持つ。 -
大型化が容易
XMASS実験やXENONnT実験ではトンスケールの液体キセノンを用いており、大質量の標的を用いることで核子との相互作用がより小さな暗黒物質の探索が可能となる。 -
低背景事象
液体、気体、固体の各相が利用できるため、ウランやトリウムなどキセノンに含まれる内部放射性物質を少なくすることが可能。 -
高い自己遮蔽能力
キセノンは輻射長が約2.8cmと短く、検出器および検出器外からのガンマ線は液体キセノン内部に入ると急速に減衰するので背景事象を効果的に減らすことが可能。
XENON実験
私達の研究グループは、イタリアのグランサッソ国立研究所(LNGS)地下実験施設で進められているXENON実験に参加しています。実験の詳細は公式ページ(XENON page)や各種ソーシャルメディアもご覧ください。
暗黒物質の検出原理
XENONは液体キセノンを媒質とした暗黒物質の直接探索実験です。暗黒物質は極稀にキセノン原子核と衝突をし、その際に微小な光と電離電子が生成されます。これら信号を検出することで暗黒物質の証拠を掴むことが可能であり、XENON実験グループは、これまで図1に示されるように様々な実験を行ってきました。
図2に示されるように、検出器中に生成された微小な光(S1)は、検出器の上部/下部に敷き詰められた光電子増倍管(PMT)によって検出されます。電離電子は、検出器中に印加された電場によって液体中を上向きにドリフトし、液体/ガス境界に印加された強い電場によってキセノンガス中へと取り出されます。この電離電子は、キセノンガス中で比例蛍光(S2)を発生し、S1と同様にPMTで検出されます。S1とS2信号の検出時間の差は、電離電子のドリフト時間に相当しており、衝突点のz位置に相当します。また、上部PMTでのS2信号のヒットパターンから衝突点のxy位置情報が再構成可能なため、XENON実験では反応点の3次元位置を再構成することが可能です。
さらには、主要な背景事象である放射性ラドンのベータ崩壊が起こす電子反跳と、暗黒物質が起こす原子核反跳では、上述したS1、S2の信号比(S2/S1)が異なるため、背景事象を選択的に排除することが可能となります。
XENON1T実験の結果
XENON1T実験は2018年に運転を終了し、世界最高感度の暗黒物質直接探索を達成しました(図3)。私達の研究グループは、特に放射線源を用いた液体キセノン検出器の校正(キャリブレーション)や、光電子増倍管の運転・性能評価、さらには取得したデータの解析に大きく貢献しました。また、多様な暗黒物質探索(WIMP, Axion, 暗黒光子など)を展開するだけでなく、ニュートリノを伴わない2重ベータ崩壊や太陽/超新星ニュートリノに関する解析も行い、特に電子と弱く結合する太陽アクシオンや暗黒光子に対して世界で最も厳しい制限を与えることに成功しました。
XENONnT実験
XENONnT実験は、8.6トンの液体キセノンを用いた世界最大の暗黒物質直接探索実験であり、2021年7月からイタリアのグランサッソ国立研究所(LNGS)において観測を行っています。 XENONnT実験は、世界11カ国から集まった約170人の研究者たちが参加する国際共同プロジェクトで、名古屋大学の研究チームは、検出器の感度を上げる液体キセノン純化(写真2)や、スーパーカミオカン デで培われたガドリニウム添加型水チェレンコフ検出器の技術を用いて、暗黒物質の証拠を最終的に確認する上で鍵を握る中性子除去検出器(写真3)に貢献をしています。 また名古屋大学の研究チームは、暗黒物質探索のデータ解析にも貢献しており、風間は解析グループの責任者としてXENONnT実験の初期成果において中心的な役割を果たし、小林は現在太陽ニュートリノを探索するチームの責任者を務めています。XENONnT実験は現在(2023年の時点で)世界で最も電子反跳背景事象の少ない検出器の実現に成功し、暗黒物質の発見に向けて更なる観測を続けており、近い将来その発見が期待されています。
将来実験に向けた新たな検出器の開発
将来の暗黒物質探索で問題となるのが、中性子と放射性ラドンに起因した背景事象です。我々は、これを解決するため新しい光検出器や新たな仕組みを用いた液体キセノン検出器の研究開発なども行っています。
光検出器開発
現在XENON実験では光電子増倍管が光検出器として用いられています。光電子増倍管(PMT)は、構造が複雑で物質量が多いため含有放射線量を減らすのには限界があります。そこで、我々は新たな光検出器として、Silicon Photomultiplier(SiPM)と呼ばれる半導体光検出器や、PMTとSiPMをハイブリッドに用いた新たな光検出器(ハイブリッド検出器)のR&Dを行っています。 SiPMは、構造がシンプルで含有放射線量が少なく、PMTに取って代わる検出器として期待されています。しかしながら、SiPMは、熱雑音に起因した偽の信号(ダークカウント)の寄与が非常に多く、暗黒物質探索の様な低エネルギー実験においては不向きな面もあります。我々はこれを克服するための研究を、開発元である浜松ホトニクス社と協力して行っています(写真4,5)。 ハイブリッド検出器(写真6)では、現在までに培われたPMTとSiPMの技術をハイブリッドに用いることでそれぞれの弱点(PMT:含有放射性物質量, SiPM:ダークカウント)を克服することが可能となります。我々はこのような究極的な光検出器の開発を浜松ホトニクス社と協力して行っており、世界で初めてこの実用化を行いたいと考えています。
石英ガラスを用いた新しい液体キセノン検出器の開発
現行実験であるXENON実験における最大の背景事象は、光の反射に用いられるテフロンや液体キセノンを入れる容器など、検出器の表面に付着した放射性ラドンに起因しています。放射性ラドンは検出器部材から絶えず湧き出てくるため、これを排除するために我々は検出器の中心部を石英ガラスで囲むアイデアを提案しました。我々は、この石英ガラスを用いた密閉型液体キセノン検出器の開発(写真7,8)と、これを用いた放射性ラドンの排除に向けたR&Dを行っています。また我々は2022年度より学内の最先端国際研究ユニットの支援のもと、密閉型検出器の実現に向けてドイツ・フライブルグ大学との共同研究を開始しました。