名古屋大学 宇宙地球環境研究所
宇宙線研究部(CR 研究室)

太陽中性子観測

主な担当教員・研究員

教授 伊藤いとう 好孝よしたか
准教授 松原まつばら ゆたか
特任准教授 山岡やまおか 和貴かずたか
  1. 実験の目的
  2. 太陽中性子観測に関する説明
  3. 現在進行中の新しい計画-SciBar 検出器を用いた太陽中性子の観測-
  4. そして、ついに SciBar はシェラネグラ山頂へ !!!
  5. 新しいデータ収集システムの開発

名古屋大学宇宙地球環境研究所を中心とするグループは、世界の経度の異なる7つの観測所で、太陽中性子観測による高エネルギー粒子加速の研究を行っています。太陽中性子に特化した観測を行っているのは、世界でも私たちのグループだけです。

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実験の目的

本研究は、太陽表面で起るフレアと呼ばれる大規模なエネルギー開放現象に伴う高エネルギー粒子の加速機構を、太陽中性子の検出によって明らかにすることを目的としています。太陽表面で加速されているのは電荷を持ったイオンや電子ですが、荷電粒子は太陽-地球間の磁場中を伝播する際に曲げられてまっすぐ飛んできません。そのため、いつ、どれだけの量加速されたのかという情報はイオンの観測からは直接には得られません。そこで私たちは加速されたイオンが太陽大気とぶつかる際に生成される中性子を観測対象としています。電荷を持たない中性子は磁場の影響を受けないからです。しかし中性子は大気中で減衰するので、太陽中性子の観測を24時間行うためには、経度の異なる高山に検出器を設置しなくてはなりません。私たちのグループは世界の7か所に国際太陽中性子観測網を設置し、第23太陽活動期まで太陽中性子の観測を行ってきました。これまでに、陽子と電子とで加速時間が異なる可能性を示唆するイベント等、興味深い観測結果を得ていますが、まだイベント数が少なく、2008年から始まった第24太陽活動期においても観測を継続し、太陽高エネルギー粒子加速機構の解明に迫ろうとしています。

太陽中性子観測に関する説明

現在進行中の新しい計画-SciBar 検出器を用いた太陽中性子の観測-

本研究は、4,600m 高山に高感度宇宙放射線計測装置を設置し、これまでにない精度で太陽中性子を検出し、太陽表面における高エネルギー粒子加速機構を解明するほか、(2) GLE(Ground Level Enhancements)と呼ばれる地上での宇宙線増加の入射角分布を調べることにより粒子加速機構や惑星間磁場の構造を理解することを目的とします。本研究で用いる高感度宇宙放射線計測装置は、加速器でのニュートリノ振動実験や、ニュートリノ-原子核散乱断面積の高精度測定実験に用いられ、シカゴのフェルミ加速器研究所にあった SciBar 検出器を用います。この検出器では計15,000チャンネルもの情報から粒子の飛跡を詳細にとらえることができ、入射粒子のエネルギー・方向や粒子の種別の詳細を知ることができ、宇宙線検出器としては類を見ない高精度な検出器となっています。SciBar と呼ばれるこの検出器を宇宙線望遠鏡としてに用いることから SciCRT と呼ばれています。すでに SciBar を開発した京都大学・高エネルギー加速器研究機構のグループからは検出器の宇宙線研究への利用について内諾を得ていました。

平成22年度になり、本研究はいよいよ実現に向けて動き出すことになりました。SciBar をメキシコの4,600m 高山のシェラネグラに設置し、太陽中性子観測と宇宙線ミューオンの強度変動を調べることを目的とします。中性子は大気中で減衰するので赤道付近の高山であるシェラネグラは太陽中性子の観測に最適です。また、宇宙線ミューオン計の世界観測網がまだ整備されていないところなので、宇宙線強度観測の点でも重要な観測点となります。本計画は、まず SciBar をシカゴからメキシコの平地に送り、宇宙線のデータが取れることを確認してからシェラネグラに設置します。その前に、データ取得システムが、気圧が平地の60%以下である高山できちんと動くかどうか調べないといけません。また、データ取得システムを最適化するために、現地での宇宙線粒子の分布も知っておく必要があります。これらの目的のために、平成22年10月に試作機(mini-SciCR)をメキシコに送り、シェラネグラで宇宙線データ取得を開始しました。本実験が15,000チャンネルであるのに対し、mini-SciCR は128チャンネルしかありませんが、本番と同じデータ収集系を用いています。宇宙線のデータを正常に取得することに成功し、2012年8月まで運転しました。太陽フレアによるコロナ質量放出後に地球に入射する宇宙線量が減少するというイベントも取得し、本実験への期待は膨らみました。

一方、2011年2月-3月にはシカゴでSciBarの解体を行い梱包、陸路でメキシコに輸送しました。2011年4月に無事に荷物が、メキシコのプエブラにあるINAOE(国立天文光学電気研究所)に到着しました。2011年度はその後、計15トンある検出器を宇宙線観測に用いるための架台の設計をし、2012年6月12日に架台への検出器の収納が無事終了しました。これから波長変換ファイバーをシンチレータバーに差し、その後 INAOE で宇宙線観測を開始しました。データ収集システムを完成したのち2013年の早い段階でシェラネグラへ移設するという段取りで研究を進めました。

2012年6月12日に検出器が無事架台に収納されたときに撮ったものです。この後、各シンチレータバーに波長変換ファイバーを差しました。
2012年9月に観測した宇宙線のトラックです。この時点では全体の4分の1(8ブロックある架台のうち2ブロック分)を動かしていました。この後、稼働ブロック数は増え、11 月には 5 ブロックで宇宙線データを取得しました。

そして、ついに SciBar はシェラネグラ山頂へ !!!

2013年4月中旬から名古屋大学の大学院生とメキシコ側のスタッフ・学生との共同作業で準備を進め、現地時間の4月24日についに検出器はシェラネグラ山頂に設置されました。

設置時の歓喜の様子

検出器設置後にすぐに建物が完成し、再度宇宙線データ取得の試験を行い、INAOEの時と同様のデータが取得できることが確認されました。その後メキシコ側の研究者の努力により、平成25年度末には定常的なデータ収集が可能となりました。まだまだ全体の半分しか稼働していませんが、図に示すような宇宙線ミューオンのトラックが見られています(この時は全体の4分の1)。

宇宙線ミューオンのトラック

新しいデータ収集システムの開発

今回メキシコに設置された高感度宇宙放射線測定装置は、加速器実験に使用されていた検出器をデータ収集システムも含めて使用させていただいています。そのため容易にデータ収集開始までこぎつけましたが、一方では宇宙線データ取得用に最適化されていないので、検出器をシェラネグラに設置するのと並行して新しいデータ収集システムの開発に取り組んできました。SiTCPというプロトコルを使用するため、パソコンとのインターフェース部分が変わり、データ収集モジュール(バックエンドボードと呼ばれる)を新しくしないとこのシステムは稼働しません。この3年間の努力で、ようやく図のような新しいボードの試作品ができました。

平成26年度にはこのボードの試験・改良を行い、平成26年10月にはシェラネグラで宇宙線トラックが見えること、既存のデータ収集システムと比較して10倍の速度が得られることを確認しました。下図左がその時取得したミューオンと思われるトラック、右は中性子によるものと思われるトラックです。

平成27年度は全体の8分の1を新システムに置き換え、期待されるパフォーマンスが得られるかどうか確認しました。このシステムは順調に稼働し、期待されるデータが取得されていることが確認されています。現在、このシステムの拡充を目指しています。

一方、太陽活動はその後活動を弱め、令和2年5月現在、第24太陽活動期から第25太陽活動期に移行している時期で、この6年間太陽中性子の観測を期待できるような大きな太陽フレアは起こっていません。しかし、大きな太陽フレアが起った時に備え、SciCRT の持っているエネルギー決定能力や粒子弁別能力を利用したデータ解析方法や、機械学習を利用した太陽中性子イベントの抽出方法についての検討が行われています。SciCRT の観測についてはメキシコの研究者が責任をもって保守をしています。そろそろ大きな太陽フレアが起ることを願って観測を継続しています。