ニュートリノ研究
主な担当教員・研究員
ニュートリノ研究
ニュートリノ振動
ニュートリノは質量をほとんど持たず、中性で弱い相互作用のみを感じる貫通力の強い素粒子です。 3種類の荷電レプトン「電子」「ミューオン」「タウ」に対応して、「電子ニュートリノ」「ミューニュートリノ」「タウニュートリノ」の3種類があり、弱い相互作用でそれぞれの相棒の荷電レプトンと電荷を交換します。3種類のニュートリノはそれぞれの質量m1,m2,m3を持っていると考えられますが、例えば、単純にミューニュートリノの質量 = m2、とはならず、m1,m2,m3の質量固有状態が混ざり合った状態になります。これをニュートリノ混合と呼びます(図1)。ニュートリノ混合があるため、ニュートリノは飛行中にその種類が変化する(その種類で検出される確率が変化する)ニュートリノ振動を起こします(図2)。 ニュートリノ振動の測定から、ニュートリノ混合の大きさやニュートリノ質量を探ることができます。梶田隆章教授(東京大学宇宙線研究所現所長)は、1998年にスーパーカミオカンデでの大気ニュートリノ振動を発見し、同時にニュートリノが有限の質量を持つ証拠を見つけました。これらの業績により梶田氏は2015年のノーベル物理学賞を受賞しました。 2001年にスーパーカミオカンデとSNO実験により、1970年以来の太陽ニュートリノ 欠損問題もニュートリノ振動のためであることがわかりました。その後もカムランド実験により原子炉からの反電子ニュートリノの振動、K2K実験による加速器ミューニュートリノの振動が見つかりました。2012年にはT2K実験とDaya Bay実験などにより、ニュートリノ混合の3番目の角度が測定されました。2020年にはT2K実験によりニュートリノ振動における粒子・反粒子のふるまいの違い(CP対称性の破れ)を示唆する結果が得られています。このことは、なぜ反物質でできた宇宙が存在しないか(物質・反物質の非対称性)に関係している可能性があります。
陽子崩壊
スーパーカミオカンデのもうひとつの重要な目的は陽子崩壊を見つけることです。陽子崩壊とは、本来安定と考えられている陽子が、他の軽い粒子の組み合わせに崩壊する現象です。陽子はバリオン数=1を持つ最も軽い粒子であり、それより軽い粒子は中間子やレプトンなどバリオン数を持たない粒子であるため、陽子崩壊が観測されればバリオン数が保存しない事を意味します。バリオン数を保存しない反応は、物質・反物質の非対称性が宇宙初期に起こる条件(サハロフの3条件)のひとつです。スーパーカミオカンデでは、陽子が中性π中間子と陽電子に崩壊する事象、荷電K中間子とニュートリノに崩壊する事象などを探索していますが、いまだに見つかっていません。
ニュートリノ天文学
電荷を持たないために宇宙空間でも直進するニュートリノは、電磁波(可視光、電波、ガンマ線)に加えて、宇宙を観測するための新しい目となることが期待されています。これまでにニュートリノが検出された天体は、熱核融合に伴うニュートリノが検出されていた太陽、1987年に大マゼラン星雲で発生した重力崩壊型超新星爆発SN1987Aの2つです。SN1987Aからのニュートリノの検出には、スーパーカミオカンデ実験の前身であるカミオカンデ実験が大きな役割を果たし、2002年に小柴氏がノーベル物理学賞を受賞しました。近年、これに加えてIceCube実験によって天体起因の高エネルギーニュートリノの検出、さらに巨大ブラックホールを持つブレーザー天体TXS 0506+056からのニュートリノが検出されて、ニュートリノ天文学が大きく進展しました。 我々が参加しているスーパーカミオカンデ実験でも超新星爆発ニュートリノの探索や重力波などの突発天体に伴うニュートリノの探索(後述)などの研究を継続的に行っています。また天体からのニュートリノ探索は、太陽からの高エネルギーニュートリノの観測を通して暗黒物質の存在を間接的に探索するなど、素粒子物理研究にも活用されています。
スーパーカミオカンデ実験
スーパーカミオカンデは、神岡地下 1000 mに作られた直径 40 m、高さ 40 mの空洞に5万トンの超純水を貯めたニュートリノ検出器です(図3)。ニュートリノと水との反応から生まれる粒子からでるチェレンコフ光を、水槽壁に取り付けた約1万1千本の直径 50 cm 光電子増倍菅で観測しています。チェレンコフ光は、粒子の方向にリング上に出るので、光のパターンから粒子の位置や方向、種類、数まで調べる事ができます(図4)。1000 m の岩盤によって、外から来る宇宙線はほとんど止まり、超純水自身が岩盤からの放射線を遮るため、水槽の中心部はニュートリノの反応や陽子崩壊など稀にしか起こらない事象を調べるのに最適です。 スーパーカミオカンデは1996年4月から観測を開始し、25年以上の長きにわたり常にニュートリノ研究の先端を走ってきました。2020年夏には、あらたに水中にガドリニウムを溶かし中性子検出能力をアップするSK-Gdが開始されました(後述)。CR研では伊藤が1995年のスーパーカミオカンデ建設当初からのメンバーとして研究を牽引し、大気ニュートリノ振動や加速器ニュートリノ振動の研究に携わっています。
CR研でのニュートリノ研究
CR研ではSK実験を用いてさまざまなニュートリノ研究を行っています。下記に代表的なアクティビティを載せます。これら以外にもハイパーカミオカンデ実験(後述)に向けた開発研究などのハードウェアのアクティビティも行っています。
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大気ニュートリノ振動の精密観測
大気ニュートリノは、宇宙線が地球の大気と衝突して作る大気シャワーで、主に荷電π中間子の崩壊からミューニュートリノと電子ニュートリノが生まれます。大気ニュートリノ は幅広いエネルギーに広がり、地球の裏側からも地球を貫通してスーパーカミオカンデに検出されるため、ニュートリノ振動に地球の物質が及ぼす効果を検出できます。これらのことは、3つのニュートリノ 質量の大小関係(質量階層性)の研究や、ニュートリノが物質と未知の相互作用を起こしているか探ることに向いています。このためには、ニュートリノと反ニュートリノを選別して解析する必要があります。私達のグループではスーパーカミオカンデのデータ解析手法の開発を行いながら、大気ニュートリノ振動の精密解析から、ニュートリノにおけるCP非保存、質量階層性問題、またニュートリノの持つ未知の相互作用の探索を行なって行きます。 -
大気ニュートリノモデリング
大気ニュートリノ振動の測定には、スーパーカミオカンデに降り注ぐニュートリノのエネルギー・飛距離・フラックスを正確に予測する必要があります。SK実験では、大気シャワーをモデル計算する高精度のシミュレーション”本田フラックスモデル”が使われています。CR研では、さらなる高感度の測定に向け、このシミュレーションの精度を高める研究を行なっています。 大気シャワーは、高エネルギーの宇宙線が大気の原子核に衝突する”ハドロン相互作用”を繰り返し発達します。この相互作用は複雑でモデル計算が難しく、シミュレーションの誤差の原因となっています。LHCf実験/RHICf実験などコライダー実験や、CERN-NA61実験などの固定標的実験など、多くの加速器実験でハドロン相互作用の精密測定が試みられています。私達のグループでは、それら加速器測定データを計算に反映させ、シミュレーションの精度・信頼性の向上や、適用できるエネルギー範囲の拡大を進めています。 -
暗黒物質からのニュートリノ探索
暗黒物質は互いに出会うと対消滅を起こし、ニュートリノなどの通常の粒子を放出すると考えられています。また、暗黒物質に寿命があると、ニュートリノへ崩壊する可能性もあります。太陽や地球、銀河中心の重力にトラップされた暗黒物質から高エネルギーニュートリノが放出されているかもしれません。私たちは、ニュートリノが持つ貫通力を生かして、天体の内部に集積した暗黒物質からのニュートリノを探索する事で,暗黒物質の間接探索を行っています。 -
重力波など突発天体からのニュートリノ探索
天体の光学観測と他の観測を組み合わせたマルチメッセンジャー天文学がLIGO/Virgoによる重力波の検出から活発に行われています。重力波天体事象の中でも中性子連星合体や重力崩壊型超新星爆発ではニュートリノの放出が期待されており、この検出をSK実験でも目指しています。重力波観測実験で重力波が検出されると即時にアラートが送られ、重力波事象と同期したニュートリノ事象の探索をリアルタイムで行っています。重力波以外にもガンマ線バーストなどの突発天体からのニュートリノ探索を進めています。
将来計画
SK-Gd プロジェクト
2020年夏からスーパーカミオカンデの純水にガドリニウムを溶かしたSK-Gdが開始され、超新星爆発によって生成される反電子ニュートリノを効率的に捉えることができるようになりました。ガドリニウムは中性子の捕獲断面積が非常に大きく、捕獲するとガンマ線を放出します。ニュートリノが反応したときのシグナルとこの中性子による遅延シグナルの両方を捉えることによって、反電子ニュートリノの事象を効率的に識別することができます(図4)。この研究によって、銀河系内で起こる超新星爆発の観測性能が向上するだけでなく、過去に宇宙で生じた超新星爆発によって生じたニュートリノの積算を観測することによって、宇宙の星形成史や重元素生成の謎にせまります。
ハイパーカミオカンデ実験
ハイパーカミオカンデ実験は、スーパーカミオカンデの後継実験になります。スーパーカミオカンデと同様にニュートリノが水と反応して生成された粒子によるチェレンコフ光を捉えること手法を用いますが、検出器が直径 68 m 高さ 71 mと一回り大きくなります。これによって有効体積はスーパーカミオカンデの約8倍になります。これはスーパーカミオカンデで観測に24年かかる事象数をハイパーカミオカンデでは3年で取得できることを意味します。この事象数の増加によってニュートリノ振動や陽子崩壊などのニュートリノ研究を飛躍的に加速することが期待できます。 2019年度に建設予算が認められ、いよいよ2020年から建設が開始されました。検出器内壁には約2万本の新しく開発した20インチ径光電子増倍管と数千本のmulti-PMT検出器を取り付けて、チェレンコフ光の微弱な光を捉えます。2027年の実験開始を目指し、巨大地下空洞の掘削や光電子増倍管の生産が行われています。CR研では、ハイパーカミオカンデ実験の計画立案に中心的に携わり、特に新しい光検出器の開発やそのテストを通じて貢献しています。