16. なぜミュー粒子は地表までやってくるの?

ここで、アインシュタインの相対性理論にかかわる話を紹介しましょう。13と14で、パイ中間子はミュー粒子に崩壊すると書きました。ミュー粒子も短命で、50万分の1秒という短い時間で死んでしまいます。こんな短い時間しかこの世に出現しないのです。ミュー粒子は大気の上層部、地上から約10km上空で作られます。光の速さで走っても、走れる距離は、およそ600mにしかなりません。これでは地上に達することはできませんね。

しかしアインシュタインは特殊相対性理論の中で、物体は光速に近づくほど、寿命が延びる、つまり時間がゆっくり流れると予言しました。彼の理論が正しければ、ミュー粒子の寿命は50万分の1秒ではなく、10倍ほど寿命が延びます。すると600mではなく10倍走ることができて、6000mの間は消滅せず走れるようになり、ミュー粒子は地表まで飛来できるというわけです。

しかしパイ中間子は、寿命がミュー粒子よりさらに100倍も短いので、とてもとても地表まで走ってくることはできません。パイ中間子を捕えるために、英国のパウエル、オッキャリニ、それに大学院生であったブラジルのラッテスらは写真乾板を持ってアンデスの高地に行ったのでした。高地ならパイ中間子が吸収されず、かつ死なずにやってくると思ったからです(写真参照)。

日本に最初のノーベル賞をもたらした一枚の証拠写真。下の左の方からパイ(π)中間子が入ってきて崩壊し、ミュー(μ)中間子が放出され(写真では水平に走っている)、やがてエネルギーがなくなって静止した。下の図の右端が上の写真の左側につながり、上の写真の右端で静止している。この写真は5500mのボリビアのチャカルタヤ山頂で得られた。
ミュー中間子やパイ中間子は、昔は中間子という名前がついていたが、今ではミュー粒子、パイ粒子と呼ばれている。本冊子では、発見当初の頃の話には中間子をつけている。